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平良ヶ崎城(青森県南部町) [古城めぐり(青森)]

DSC06381.JPG←空堀跡
 平良ヶ崎城は、南部藩祖南部三郎光行が糠部経営の拠点として1192年に築いた城である。光行の糠部郡入部の経緯は、聖寿寺館の項に記載する。この地は街道の分岐点を押さえる要地で、高山峠に続く尾根を掘り切って城地とした。三戸五城の一つに数えられ、居館の聖寿寺館に対して政庁として機能したと考えられている。1539年、家中の争いが元で、家臣赤沼備中の放火で聖寿寺館を消失し、以後三戸城が居城となると、平良ヶ崎城もその機能を失ったと考えられる。
 平良ヶ崎城は、北古館・南古館という地名の残る、馬淵川北岸の比高10m程の段丘上に築かれた城である。南古館は小学校跡地で、北古館は畑に変貌しており、遺構は湮滅が進んでいる。小学校跡地の中には平場に段差が残っており、曲輪が区画されていたのかもしれない。唯一明確に残っているのは、北古館と南古館の間の空堀で、深さ5m程の空堀が道路となっている。周囲の平地から望んだ姿は、遺構はなくても崖端城の切岸そのものである。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/40.413275/141.277345/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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