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虚空蔵山城(石川県能美市) [古城めぐり(石川)]

IMG_7265.JPG←大手門跡
(2005年3月訪城)
 虚空蔵山城は、和気山城、白米城、舘城とも呼ばれ、加賀守護富樫氏が築き、後に加賀一向一揆の拠点となった山城である。創築は定かではないが、1476年に富樫政親と弟幸千代が守護職を巡って争った際に、蓮台寺城を落とされた幸千代が一時虚空蔵山城に立て籠もった。しかし攻められて落城し、幸千代は越中に亡命した。加賀守護富樫氏が加賀一向一揆勢に攻め滅ぼされると、虚空蔵山城は一向衆の持ち城となり、一揆勢の領袖荒川市助らの居城となった。1580年、織田信長が一向衆殲滅の為加賀に攻め込むと、虚空蔵山城は織田軍の北国軍総大将柴田勝家の部将佐久間盛政に攻められて落城した。その後歴史上に現れないことから、この時に廃城になったと考えられる。

 虚空蔵山城は、標高138m、比高98mの比較的なだらかな虚空蔵山に築かれている。鍋谷川の曲流部に北から張り出した山地の上にある為、眺望に優れ、遥かに日本海まで見渡すことができる。山頂に本丸を置き、南側に鞍部を挟んで二ノ丸を配置している。鞍部には土橋の掛かった堀切が穿たれている。本丸も二ノ丸も、曲輪外周を低い土塁で囲み、更にその外側に腰曲輪を巡らしている。二ノ丸には僅かではあるが石垣がはっきりと確認できる。山麓から伸びる大手道の途中には大手門跡が残り、虎口の土塁・石垣が残存していて、往時の姿を彷彿とさせる。この他にも石垣跡が残るなど、遺構はほぼ完存している。本丸の北・東・西に曲輪があった様だが、訪城当時はまだ藪の中の遺構探索など思いもよらない頃だったので、だいぶ見逃している。いずれ再訪したい城の一つである。
二ノ丸の石垣→IMG_7273.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.423437/136.552333/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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