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獅子浜城(静岡県沼津市) [古城めぐり(静岡)]

DSC00572.JPG←詰城の主郭
 獅子浜城は、小田原北条氏の築いた駿豆国境の重要拠点である。創築年代は明確ではないが、北条氏支配時代には比較的早くから存在していたものと推測されている。天正年間(1573~92年)には北条氏政の命で、滝山衆の中核を担った武蔵の名族大石氏の一族で柏の城主、大石越後守直久(北条氏照の義弟の子)が獅子浜城代となって守備した。甲斐武田氏が今川氏を滅ぼして駿河に進出して以降、駿東~西伊豆一帯は両軍の主戦場となり、獅子浜城は西伊豆海岸防備の拠点、水軍援護基地として重視された。武田勝頼がこの城の動向を注視していたことを証する文書も存在する。1590年の小田原の役の際には、城将大石直久は獅子浜城を退去して小田原城に詰めており、兵力分散を避けるため獅子浜城は放棄された可能性がある。北条氏滅亡と共に廃城となった。

 獅子浜城は、山麓の居館、その南側に詰城、北側に出城と、3つから構成された複合城郭である。
 城将の居館は、現在の本能寺境内にあったとされるが、遺構は市街化で湮滅している。
 本能寺背後の城山には詰城がある。居館の南東、海抜162mの城山山上にあり、山頂に平坦で広い主郭を置き、その周囲に腰曲輪を設け、主郭の西の尾根の下方にはニノ郭らしき段曲輪を設けている。主郭下方の腰曲輪には虎口も残っている。主郭北東の鞍部は、天然の堀切となっている様である。
 北側の出城は、西に伸びた鷲頭山の支尾根が海べりにまで達する、その尾根上に築かれており、東西に細長い城となっている。8つの狭小な曲輪と2つの小規模な堀切で構成され、第6郭が最上部の物見台となっている。最も広いのは西端の曲輪で、眼下には海が迫っている。出城の南側斜面にも、わずかに腰曲輪や物見台らしい構造が見られる。

 全体に遺構は明瞭で、ネット上には薮が酷いとの話がたくさんあったが、覚悟していたほど酷い藪ではなかった。しかし道はないに等しいので、藪をかき分けての直登が必要である。重要な城であった割には全体に小規模な遺構で、やや残念である。
居館跡に建つ本能寺→DSC00551.JPG
DSC00592.JPG←出城の堀切
出城西端の曲輪→DSC00617.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:【居館】http://maps.gsi.go.jp/#16/35.056726/138.883978/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

    【詰城】http://maps.gsi.go.jp/#16/35.055514/138.887433/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

    【出城】http://maps.gsi.go.jp/#16/35.057744/138.884450/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0


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