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三道山城(石川県能美市) [古城めぐり(石川)]

IMG_7200.JPG←三道山八幡神社のある丘陵地
(2005年3月訪城)
 三道山城は、三道山堡とも呼ばれ、歴史不詳の城である。日本城郭大系によれば、1600年に前田利長が不破大学、または岡嶋備中・同帯刀を置いたと言う。当時は、豊臣秀吉の死後、専権を強めた徳川家康と前田利家が対立したが、唯一家康に拮抗する勢力を持っていた重鎮の利家が1599年に病没したことで勢力バランスが大きく徳川方に傾き、家康の前田討伐が検討された頃であったので、おそらく家康の討伐に対する防衛拠点として築かれたのだろう。唯一、三道山城がはっきりと伝わっているのは、北陸の関ヶ原と呼ばれる浅井畷の戦いの際に、前田利長は先発隊を御幸塚城に入れ、自身は三道山城に陣を敷いたことである。母芳春院を人質にして家康に膝を屈し、家名存続を図るという苦渋の決断をした利長は、この浅井畷の戦いで西軍の丹羽長重を破り、加賀百万石安泰への道を開くこととなった。
 三道山城は、現在の三道山八幡神社の鎮座する丘陵地に築かれていたと考えられている。比高僅か5~10m程の丘陵地で、周囲は宅地化されている。神社境内にも特に城の痕跡は見られないが、往時は低湿地帯の中に浮かぶ島の様な要害であったのだろう。尚、一説には、浅井畷の戦いの際に前田利長が陣を敷いた三道山城とは、和田山城のこととも言われている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.448533/136.505996/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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