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越前府中城(福井県越前市) [古城めぐり(福井)]

IMG_6393.JPG←府中城址の市役所
(2004年9月訪城)
 越前府中城は、前田利家が越前入部時に築いた城である。元々の創築は、文明年間(1469~87年)に越前の戦国大名朝倉氏が府中奉行所を構築したことに始まると言われる。戦国後期に、織田信長が朝倉氏を滅ぼし、越前一向一揆も殲滅して越前一国を完全に支配下に置くと、重臣の柴田勝家に北の庄を与えて北国経営の拠点とし、勝家の与力として前田利家・佐々成政・不破光治の3人を越前府中に入らせた。いわゆる府中三人衆で、これは信長が、かつて自分に敵対したこともある勝家を子飼いの武将に監視させる為だったとも言われる。この時、前田利家は府中城を築いて居城とした。以後、能登に転封となるまでの6年間、府中城に在城したと考えられる。1581年に利家が能登に移ると、その嫡長子利長が府中城に入った。1583年には賤ヶ岳の戦いで敗走する柴田勝家を追った羽柴秀吉を、利家は府中城で迎えたと言う。その後、丹羽・木村・堀尾の諸氏が相継いで城主となり、関ヶ原合戦の後の1601年、徳川家康の次男結城秀康が福井城に入封すると、付家老本多富正は府中城を居館とし、以後歴代の居館となって幕末まで存続した。

 越前府中城は、現在の越前市役所一帯にあったと言われる。東には日野川が流れて天然の堀となり、平城を築くには格好の場所だったと思われるが、遺構は市街化で完全に湮滅している。わずかに市役所正面玄関の脇に、石碑が建てられているだけである。尚、正覚寺には府中城の表門が移築されて残っている。この門だけが府中城の名残りを今に伝えている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.903495/136.168767/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
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