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高安寺館(東京都府中市) [古城めぐり(東京)]

DSC13575.JPG←寺西側の斜面、空堀跡か?
 高安寺館は、足利尊氏が全国に建立した安国寺の一つで、中興開基となった寺である。元々は藤原秀郷の館跡とも言われるが定かではない。その後、この地には見性寺が建立されたが、荒廃した。1333年、新田義貞が鎌倉攻めを行った際には、分倍河原の戦いでこの地を本陣とした。尊氏が京都に幕府を開くと、見性寺を高安寺として中興した。その縁あってか鎌倉公方足利氏との所縁が強く、歴代鎌倉公方によって関東戦乱の際の陣所として用いられた。その為、鎌倉府の出城的存在となり、寺の周囲に土塁や空堀を廻らして城塞化していた。後には小田原北条氏の庇護も受けたが、度々の兵火によって衰退し、慶長年間になって再興された。

 館跡には現在でも高安寺が建ち、周囲の市街とは一線を画した閑静な寺域が広がっている。断崖上の台地に築かれた寺、兼、城塞で、鎌倉街道の要衝分倍河原を扼する戦略拠点であったことが、その地勢から伺われる。寺の南側の崖下にはJR南武線が走るが、これは往時の空堀だったのであろう。また西側も斜面となっていて、下方には弁慶所縁の硯の井が残る。また境内には、藤原秀郷を祀って当山鎮守とした秀郷稲荷もある。境内のあちこちに足利二引両が付けられ、足利氏と深い所縁があったことがわかる。城塞としての明確な遺構はないが、平安・鎌倉・室町・戦国と、歴史の変遷をそのまま寺の歴史に持った古刹である。以前、鎌倉街道を南下した義貞の進軍路を追って旅した際に、尊氏所縁の高安寺にも立ち寄ったが、今回、日本城郭大系にも記載された城館跡として改めて訪問した。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.669343/139.471908/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
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☆はな

府中宿の「高安寺」として詣でたことはあるのですが...
つい最近 "むさしの「城跡」ウオーキング"という本に
高安寺城(陣所)跡とあるのが 目に留まり 私も
城跡だったという目で 見たいと思ったところです。
by ☆はな (2010-11-02 00:16) 

アテンザ23Z

>☆はなさん
地勢はまさに城郭を築くのに最適ですが、
遺構がないのでちょっと拍子抜けかもしれません。
でも、お寺の雰囲気はすばらしいです。
by アテンザ23Z (2010-11-02 01:44) 

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