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名古屋城(愛知県名古屋市) [古城めぐり(愛知)]

IMG_5164.JPG←二ノ丸外周の広大な空堀
(2004年2月・4月訪城)
 名古屋城は、徳川御三家筆頭、尾張徳川家の歴代の居城である。この地には元々那古野城と言う城があったが、徳川家康が関ヶ原合戦を制して天下の権を握り、豊臣氏打倒を計画し始めると、濃尾平野の要地に大規模な城を造営することを考えた。そこで1610年、清洲城に代わる新城造営地として那古野城の故地に、秀吉恩顧の外様大名20家に命じて名古屋城を築城させた。いわゆる天下普請である。これは、豊臣氏に対する備えだけでなく、秀吉恩顧の外様大名の勢力漸減を狙ったことであるのは言うまでも無い。城がほぼ完成すると、1615年に家康の9男義直が入城し、以後、尾張徳川家の居城となって幕末まで存続した。明治維新を迎えた後も、天守や本丸御殿などはそのまま残って保存され、国宝となっていたが、太平洋戦争での空襲により全て消失した。

 名古屋城は、さすがに徳川天下普請で造られただけあって、江戸城に次ぐ規模を持った大城郭である。その遺構の詳細については既に多くのサイトで語られている為、ここでは多くは記載しない。豊臣氏との緊張状態の中で築かれた為、その縄張は極めて実戦的で、馬出しや巧みな曲輪配置でほぼ正方形の本丸を防御している。内堀・外堀の全周には重厚な石垣を築き、周囲の堀は圧巻の規模を持つ。この城で特筆すべきなのは、内堀だけでなく、三ノ丸外周の外堀まで見事に残っていることである。車道建設や市街化で一部改変を受けていると言うものの、門脇の石垣などその重厚さは素晴らしい。天守は残念ながら戦後の再建であるが、築城の名手加藤清正が受け持って築いた天守台石垣は、往時のままの見事な反りを持ち、その曲線美には惚れ惚れとしてしまう。その他、多くの隅櫓や門が現存し、江戸城に匹敵する見事さである。本丸御殿はその礎石だけが残っているが、現在復元計画が進んでおり、いずれ熊本城の様に見事な御殿が再建されることになる。
本丸御殿跡と再建天守→IMG_4136.JPG
IMG_4151.JPG←この見事な反り!さすが清正流
三ノ丸外周の外堀→IMG_5122.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.185182/136.899798/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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コメント 2

Sazaby

こんにちは
名古屋城の本丸御殿は現在再建中です。
復元完了は平成29年ですが…
http://www.hommaru-palace.city.nagoya.jp/index.html
by Sazaby (2010-05-01 10:34) 

アテンザ23Z

>Sazabyさん
ご教示ありがとうございます。
計画があったのは知ってましたが、
リーマンショック以降の景気低迷で頓挫したものと思ってました。
計画進んでたんですね。
でも9年後完成で、総工費150億ですかぁ・・・。
そんな先のことはわからないですね、今の時代は。
by アテンザ23Z (2010-05-06 18:57) 

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