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八王子城 太鼓曲輪(東京都八王子市) [古城めぐり(東京)]

DSC06693.JPG←最大の大堀切
大きすぎて写真のフレームに収まらない

 八王子城太鼓曲輪は、八王子城の南の尾根筋に築かれた八王子城の外郭である。その役割は地形を見れば一目瞭然で、本城との間の谷間にある御主殿などの居館地区(根古屋)を防衛すると同時に、南側から八王子城に迫る敵に対する物見兼障壁として機能していたのであろう。

 1年前に八王子城に訪れた時には、時間切れで太鼓曲輪まで周ることができなかったので、今回改めて訪城した。(前回、北条氏照の墓が歩道工事の為立入り禁止になっていて、氏照墓に再訪するついででもあった。)生憎の雪であったが、それでも十分にその遺構を堪能することができた。岩盤を削り抜いた豪快な大堀切が5つもあり、小さいものでも深さ8m程、最大となる3つ目の大堀切では最大高低差20m近い巨大なものである。形状は基本的に薬研掘だが、4つ目の大堀切だけは底がU字型の毛抜掘の様だ。太鼓曲輪と呼ばれるのは、おそらく3つ目の大堀切の上の曲輪と思われる。この曲輪だけは堀切側を一段高くして櫓台とし、かなり崩落しているもののその周囲には石垣が今でもはっきり見て取れるなど、最も防備が厳重である。太鼓曲輪以外でも、各堀切前後の曲輪の切岸には石積みが散見され、かつては本城と同様、総石垣に近い曲輪群であったことが想像される。また、他のサイトではあまり言及が無いが、これらの大堀切以外に1本目と2本目の間に、ささやかな小堀切があるようだ。しかし強固な意志の感じられる大堀切と比べるとほとんど防御の役に立たないレベルで、何故わざわざ造ったのか疑問に感じられる。

 八王子城本城の堀切は、大きいとは言っても自然地形に多少の造作を加えた程度のものであったが、太鼓曲輪の5つの大堀切はいずれも岩盤を削り砕いて無から生み出した圧倒的なもので、強大な勢威を誇った小田原北条氏が本気で堀切を穿つとどういう規模のものになるか、象徴的に表している様だ。山城好きの人ならば、本城より太鼓曲輪の方が圧倒的な大迫力で見応えがあるだろう。

 それにしてもこの太鼓曲輪の尾根への登り口がわかりにくかった。中央道に架かる歩道橋があるのだが、ここへのアクセスルートがさっぱりわからないのである。国の史跡なのだから、ここにも案内表示の一つも欲しいところである。
太鼓曲輪櫓台の石垣→DSC06752.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=35.652777&lon=139.259722&z=16&did=std&crs=1
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コメント 4

fuzzy

八王子合戦は、後北条の命運を分けたと言っても過言でないと思われるのに、防衛戦としては守備兵も少なく、敢え無く陥落した八王子城、後北条氏の戦いぶりはやや疑問を残しますね。
by fuzzy (2010-03-19 15:18) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
同感です。
もしかしたら、山城なので少ない兵力でも防御できると
過信していたのかもしれませんね。
滝山城では強豪武田軍に対してあれほど善戦したことを考えると、
残念に思います。
by アテンザ23Z (2010-03-20 01:54) 

ねじまき鳥

太鼓曲輪は一城別郭の構えですかね。堀切はすごいですね。
by ねじまき鳥 (2010-03-20 21:04) 

アテンザ23Z

>ねじまき鳥さん
確かに第2の詰め城機能と言う意味で、
一城別郭に近かったかもしれませんね。
by アテンザ23Z (2010-03-21 15:01) 

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