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末森城(愛知県名古屋市) [古城めぐり(愛知)]

DSC02435.JPG←本丸周囲の大規模な空堀
 末森城は、1547年に織田信秀が築いた平山城である。この城を築くと、古渡城から居城を移した。守山城を守る弟信光と連携して三河の今川氏に対する備えの為であったと言う。翌年信秀はこの城で病死し、三男信行が城主となった。信行は兄信長に代わって家督を継ごうと画策したため信長と対立し、稲生原の合戦を起こして敗れ、1558年に清洲城で誘殺された。翌年末森城は廃城となったと言う。

 末森城は、那古野城(現、名古屋城二ノ丸)の東南東約6kmの城山に築かれている。現在、城山には城山八幡宮などが置かれて改変を受けているものの、本郭等の周囲の大規模な空堀がものの見事に残っている。空堀の大きさは深さ10m程もあり、山上の遺構とはいえ日本第3位の都会のど真ん中でこれほどの規模の空堀がほとんど完存しているとは、驚愕すべきことである。城は、本丸・ニノ丸・三ノ丸・西出丸に曲輪が分かれるようだ。本丸は八幡宮前の広場になっていて、八幡宮の置かれる三ノ丸とは空堀に掛かる土橋で連結されている。二ノ丸には愛知学院大学の研究棟が建てられている。本丸と二ノ丸の間の道路は、明らかに空堀の跡であろう。二ノ丸の一段下に駐車場があるが、これはどうも腰曲輪の跡のようである。二ノ丸の北側に武道場が建っているが、二ノ丸とは高低差もあり独立性が高いので西出丸だったと思われる。各曲輪の周囲にはいずれも大きな空堀を築いて分断し、防御性を高めている。その他、腰曲輪らしい地形がいくつか散見される。

 以上が概要であるが、行ったのが9月で藪が多く、見通しが利かない部分が多かったが、冬場に行けば空堀の威容をもっとよく見ることができただろう。まるで滝の城が東京23区内にあるようなもので、その遺構の見事さには目を見張らざるを得ない。名古屋恐るべし。
空堀外周の土塁→DSC02448.JPG
DSC02482.JPG←二ノ丸下の腰曲輪跡の駐車場

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E136.57.45.2N35.9.51.9&ZM=9
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コメント 6

fuzzy

確かに都市部に在るのは驚きです。大規模な城が点在するのは名古屋がいかに重要拠点で有ったか窺われますね。
by fuzzy (2010-01-14 13:35) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
守護代の織田氏が実権を握って名古屋を本拠としてから、
非常に重要な都市となったのでしょう。
名古屋を防衛するために多くの城が作られたのだと思います。
by アテンザ23Z (2010-01-14 21:01) 

ノリパ

そうなんスね。ココは行くべきお城なんだ。実家から守備範囲だから
いつか行くリストにいれときマス。
by ノリパ (2010-01-16 18:39) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
ご実家から近いんですね。
近くにこんな城跡があるなんて羨ましいです。
大きな堀跡が見事なので是非今度行ってみて下さい。
by アテンザ23Z (2010-01-18 20:00) 

ねじまき鳥

名古屋市内の城としては奇跡的によく残っています。丸馬出が残っていたらよかったのですが。
by ねじまき鳥 (2010-03-09 20:00) 

アテンザ23Z

>ねじまき鳥さん
丸馬出しは三ノ丸にあったようですね。
あまり知りませんでした。
今では神社境内の整地で消えてしまいましたが、
それでもそれ以外に残る空堀は見事です。
by アテンザ23Z (2010-03-09 21:55) 

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