So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

金沢城(石川県金沢市) [古城めぐり(石川)]

IMG_4388.JPG←桜に彩られた石川門
(2003年10月・2004年3月・4月訪城)
 金沢城は、言わずと知れた加賀百万石前田家の歴代の居城である。元々この地には、北陸に強固な地盤を築き、加賀守護家の富樫氏を滅ぼしさえした強力な宗教集団一向宗の尾山御坊が置かれていた。織田信長麾下の猛将柴田勝家率いる北陸方面軍が加賀に侵攻し、1580年に尾山御坊を攻め落とすと、佐久間盛政を置いて城郭として整備した。その後、1582年に本能寺の変で信長が横死し、1583年に賎ヶ岳の戦いで羽柴秀吉が勝家を破って覇権を確立すると、秀吉は自分に味方した旧知の友前田利家に加賀を与えた。利家は能登小丸山城から金沢に移り、名を金沢城と改めて大々的に近世城郭として整備した。以後前田家は時代のうねりを巧みに乗り切って、幕末まで国内最大の大名として存続し、金沢城はその居城として北陸の中心であった。

 金沢城は、犀川と浅野川に挟まれた河岸段丘の先端に築かれた平山城である。国内最大の大名の居城らしく城域は広大で、外郭まで含めて全て見て回ると優に数時間を要する。見所も多く、特に現存建築物である石川門の存在感は圧倒的で、これぞ日本の城、というイメージに違わない立派なものだ。また随所に築かれた石垣は、時代によって積み方が異なり、金沢城は石垣の博物館とも呼ばれている。珍しいものでは亀甲石垣というものもある。辰巳櫓下の石垣は3段に分かれているが、これは前田家の抱える石垣職人に高石垣を積む技術がなかったからで、これを見た前田利長が激怒したとも伝えられている。

 明治維新以後、金沢城は陸軍の駐屯地となったり、戦後は一時期金沢大学が置かれていた為、やや改変を受けている部分もある。しかし観光事業に熱心な金沢市は、菱櫓・五十間長屋などを当時の工法を用いて釘を1本も使用せずに復元しており、現在でも更なる復元計画を進めているところである。見れば見るほど見所の多い城で、行くなら半日位つぶす気で見た方がよい城である。
大手掘→IMG_4258.JPG
IMG_4315.JPG←辰巳櫓下の石垣
西側外郭にもこんな櫓台がある→IMG_4305.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E136.39.45.0N36.33.39.5&ZM=9
nice!(9)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 9

コメント 2

fuzzy

以前雪の兼六園を訪ねたのですが、1月後半にも拘らず雪が無いのです、無常にも雪吊りの綱が目に飛び込んできました。空振りの兼六園でした。
by fuzzy (2009-11-01 18:13) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
最近は温暖化のせいで、北陸でも雪が少ないそうです。降っても街中だとすぐ融けてしまったり。雪の兼六園はタイミングが合わないとなかなか難しいかも知れないですね。
by アテンザ23Z (2009-11-01 21:38) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。