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鳥屋ヶ森城(山形県朝日町) [古城めぐり(山形)]

DSC06488.JPG←堀切跡
 鳥屋ヶ森城は、鳥屋ヶ森館とも言い、村山地方と置賜地方を結ぶ交通上の要衝にあり、西方の八ッ沼城と相呼応して村山地方の防備に当たったと言う。築城時期は不明であるが、戦国期には岸美作守義忠が在城したと伝わり、その重要性から八ッ沼城と共に度々合戦の舞台となっている。八ッ沼城での記載と重複するが、最上義守は1565年に八ッ沼城と鳥屋ヶ森城を攻略し、南の伊達領に接する国境の城として領国防衛に当たらせた。また、奥州の関ヶ原と呼ばれる1600年の慶長出羽合戦の際には、直江山城守兼続を総大将とする上杉軍の内、鮎貝城を発した別働隊が八ッ沼城と共に鳥屋ヶ森城を攻撃して落城させたが、西軍の敗報を聞いて撤退した。
 鳥屋ヶ森城は、館山という標高400.2m、麓からの比高240m程の、この地方ではかなり高所に築かれた山城である。本郭の周囲には、西側に何段かの段曲輪を、南側には縦長の曲輪の先端を堀切で分断し、尾根筋の200m程先に鐘楼堂跡とされる小曲輪を、また東側にもいくつかの曲輪を置いたと考えられる。本郭までは車道が整備されていて楽に行くことができるが、本郭にTVアンテナ設備が置かれているためかなりの改変があり、どこまで旧状が残っているのか不分明なところもある。しかしその中では本郭南側の鐘楼堂に至る遺構は、状態が良く堀切も明確である。本郭西側の段曲輪には、登山道を兼ねた横堀らしい構造が見られ、やや改変の疑いは残るものの遺構と考えて良さそうである。城跡からは朝日町中心部を良く見下ろすことができ、街道筋を押さえる絶好の陣場であった事がわかる。
本郭西側の段曲輪群→DSC06504.JPG
DSC06513.JPG←西側段曲輪の横堀

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.294280/140.165026/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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ノリパ

階段みたいになってるのが遠くからでもわかりますね。
by ノリパ (2009-06-24 22:38) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
冬の城の醍醐味は、遠くから見た時に城の縄張りがわかることなんですよ。
当時の城の姿が目の前に浮かんでくるようで、なかなか味わいがあります。

by アテンザ23Z (2009-06-26 00:36) 

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