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沼田城(群馬県沼田市) [古城めぐり(群馬)]

DSC03421.JPG←本丸~捨曲輪間の堀切
 沼田城は、利根川とその支流の薄根川によって削られた険しい断崖上に築かれた上州北部の城である。城としての歴史は比較的新しく、沼田氏が1529年から1531年にかけて築いた城で、以後その本拠地とした。時まさに関東戦国の雄、小田原北条氏の勢力伸張の時に当たり、1545年に河越夜戦で一気に南関東から管領上杉氏をはじめとする旧勢力を駆逐して関東南半の覇権を確立すると、この城が北上野争奪の重要拠点としてクローズアップされることとなった。すなわち、越後の上杉謙信、相模の北条氏康、更にそこに碓氷峠を越えて進出してきた甲斐の武田信玄と、三者入り乱れての関東三国志の中心地となったのである。特にこの城が有名になるのは、甲斐武田氏きっての謀臣真田昌幸が進出してからである。このころにはすでに謙信はこの世になく、越後上杉氏の影響力は北関東から退き、更に武田氏が織田信長に滅ぼされると、独立領主の道を歩み始めた昌幸と、更に勢力拡大を目論み北上を続ける北条氏との対立が尖鋭化した。そして、このことが後に北条方による名胡桃城奪取、更に豊臣秀吉の小田原攻めへと通じる導火線となっていくのである。

 城は現在公園化され、野球場やテニスコートなども作られたため、当時の面影を残す遺構は思いのほか少ない。しかし発掘された西櫓台跡の石垣や、曲輪間を切り刻むように走る渓谷状の深い堀切など、見所が残っていることも確かである。野球場などのグラウンドに変貌した二ノ丸の北辺と西辺には土塁も明瞭に残っている。遺構はないが、沼田小学校の正門前には大手門跡の標柱・解説板が建つ。また城跡から利根川を望むと、その大きな高低差に要害性の高さを実感できる。江戸期に幕府によって破却されたせいもあって、天守台などもほとんど壊滅的な状態なのが残念だが、所々に残る土塁や堀跡がここが城であったことを物語っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.648072/139.038988/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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