So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

突然、パソコンがクラッシュしました [日記]

突然、パソコンがクラッシュしました。

前日まで何の問題もなかったのに、
翌日電源を入れようとしたら、ウンともスンとも言わない。
どうも基盤が逝ってしまったらしい。

ばらしてHDDを取り出して、HDDケースにいれたらちゃんと動いたので、
データは問題なく、基盤だけ直せば問題なさそうだ。
まだ3年ぐらいしか使ってなかったので、
とりあえず金出して直すしかない。

そんな訳で、城巡りのブログもアップできないし、
その他の作業も全部ストップしてしまっている。
予定外の痛い出費になりそうだ。


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

室沢砦(群馬県前橋市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2460.JPG←墓地の周囲に見られる土盛り
 室沢砦は、峰屋敷とも呼ばれ、中世の豪族の館跡と推測されている。神田沢と清水沢に挟まれた高台にある。一応、市の史跡に指定されているのだが、既に標注はなく、遺構も不明瞭でどれが館跡なのかもよくわからない。墓地の周囲に土盛りがあるが、遺構とは判断し難い。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.452874/139.206154/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


戦国の山城を極める

戦国の山城を極める

  • 作者: 加藤理文
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2019/09/12
  • メディア: 単行本


タグ:居館
nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

谷津館(群馬県桐生市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2449.JPG←西側の空堀と土塁
 谷津館は、新田氏の一族藪塚氏の居館である。藪塚氏は、新田義重の5代の裔孫朝兼を祖とする一族で、藪塚に居館(藪塚館)を構えていたが、戦国時代に由良成重の圧力を避け、谷津の地に土着したと伝えられる。尚、南北朝の動乱期、藪塚氏は、宗家の新田氏に従って戦ったことが太平記に記載されている。
 谷津館は、低丘陵先端に築かれた単郭方形居館で、市の史跡に指定されている。現在でも館跡南に屋敷を構えた藪塚家の所有であるらしい。周囲には土塁と空堀が良く残っている。郭内には段差があり、いくつかの用途に応じて区画されていたらしい。南側中央には虎口が構えられている。それほど大きな遺構ではないが、貴重な遺跡である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.423234/139.252439/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


新田一族の中世: 「武家の棟梁」への道 (歴史文化ライブラリー)

新田一族の中世: 「武家の棟梁」への道 (歴史文化ライブラリー)

  • 作者: 田中 大喜
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2015/08/20
  • メディア: 単行本


タグ:居館
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

五覧田城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2323.JPG←北郭群の堀切
 五覧田城は、深沢城と並ぶ黒川谷の重要城郭で、争奪の場となった城である。元々、室町中期頃迄は深沢城主阿久沢氏らの黒川郷士は独立した武士団となっていたらしく、この地にはその中の一人、松島氏が築いた崖端城の五覧田の砦があったらしい。しかし桐生氏が黒川谷に進出すると黒川郷士は桐生氏に服属し、桐生氏が滅亡すると、金山城の由良氏の勢力下に入った。この頃由良氏は小田原北条方で、越相同盟が破れたため、1574年、上杉謙信は深沢城と共に五覧田城を攻略したが、翌75年には由良氏によって五覧田城は奪回された。1579年には、北条氏政は由良国繁と協定を結び、深沢城と五覧田城は由良国繁に預け置かれた。しかし1584年、由良氏が北条氏から離反し、それを契機に佐竹・宇都宮両氏を主軸とする北関東連合軍と北条の大軍が下野国沼尻で110日間に渡って対峙した時には、北条氏は阿久沢氏を調略して敵勢の切り崩しを図り、阿久沢・前原・目黒氏ら在地衆に命じて五覧田城を攻略した。その際北条氏直は深沢城主阿久沢彦二郎の戦功を賞し、北条氏照は彦二郎に五覧田城の普請を命じた。従って、現在残る五覧田城の遺構は、北条氏の命で阿久沢氏が改修した姿である。以後、北条氏と対立する沼田方面の真田氏と佐竹氏・宇都宮氏ら北関東諸豪との連絡路(根利通)を遮断するため、引き続き重視されたと推測される。

 五覧田城は、標高593.1m、比高293mの要害山に築かれている。麓からまともに登ったら大変な高さだが、幸い標高520m付近まで林道が付いており、そこまで車で登れるので、訪城は容易である。五覧田城は、T字状になった尾根に曲輪群を築いた、連郭式の細尾根城郭で、堀切で要所を分断しているいるが、縄張りは基本的に古風なものである。三角点のある山頂に主郭を置き、三方に伸びる尾根にそれぞれ東郭群・北郭群・西郭群を築き、各尾根筋をそれぞれ数本の堀切で分断している。しかし堀切の規模はあまり大きくはなく、細尾根という地勢の制約もあってか、技巧性も見られない。普請も割と大雑把で、綺麗に削平された感じではない。この他、『日本城郭大系』の縄張図にはないが、東郭群の先に東出曲輪があり、その途中に堀切が穿たれている。この堀切の南側は円弧状の横堀となり、先端で直角に折れて竪堀となって落ちている。また東郭から北西に伸びる尾根にも段曲輪群と堀切・竪堀が確認できる。史料に残る重要性に比すると、貧弱な縄張りの城で少々期待外れであるが、沼田方面への間道を押さえる高所の要害としては、これで十分だったのだろう。また桐生城の様に整備された城を期待していたが、東郭群以外は薮がちょっと多いのも少々残念である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.518932/139.290204/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2011/05/31
  • メディア: 単行本


nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三ヶ郷城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2236.JPG←主郭背後の堀切
 三ヶ郷城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、東宮修理の城であったとも、或いは永禄年間(1558~70年)に東宮丹波守が築いた城とも伝えられる。時期的には黒川谷が桐生氏の影響下にあった時代で、一方で越山した上杉謙信や金山城主由良氏の勢力が伸びて政情が流動的になっていた時代でもあった。こうした不穏な情勢から、東宮氏は山城を構築したのかも知れない。

 三ヶ郷城は、標高490m、比高160mの山上に築かれている。南尾根が大手で、ここから登っていくが、途中までは林道がある。南尾根の先端近くに電波の反射板(白い色の大きな金属板)があるので、よい目印になる。この先を登っていくと、小堀切の先の大手郭に至る。この大手郭は、虎口もあり、周りに低土塁も築かれているが、内部はほとんど自然地形の斜度のある尾根で削平されておらず、あまり普請は明確ではない。更に尾根を登ると、前面に堀切が穿たれた主郭が見えてくる。三ヶ所郷城は、ほとんど単郭の小規模な城で、主郭は南側がやや広がった曲輪で、前後を堀切で穿って防御し、主郭周囲には腰曲輪を築いている。主郭には後部のみに土塁が築かれ、南西と北東の2ヶ所の虎口が開かれ、それぞれ腰曲輪に繋がっている。また堀切の外にはそれぞれ小さな堡塁が置かれて尾根筋の監視と防御の拠点となっている。この他、『日本城郭大系』の縄張図によれば、北の尾根の先や南東尾根にも曲輪群が連なるとされるが、北尾根を見たところほとんど自然地形で遺構は明確でなく、南東尾根については遠目に見た限り期待薄だったので確認しなかった。いずれにしても小規模な城砦である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.533209/139.320545/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


日本城郭史

日本城郭史

  • 作者: 齋藤 慎一
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2016/11/18
  • メディア: 単行本


タグ:中世山城
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

小中城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2185.JPG←城址付近の現況
 小中城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、松島淡路守の城と伝えられる。松島氏は、深沢城主阿久沢氏と並ぶ黒川衆の旗頭的存在で、五覧田を本拠としていたが、小中城の松島氏はその一族であったと思われる。一説には、小中松島氏が本家であったとも言う。それ以外の詳細は不明であるが、黒川谷に桐生氏が進出すると桐生氏に服属し、桐生氏滅亡後は由良氏に属し、由良氏が1583年に小田原北条氏から離反すると、北条氏に服属したのだろう。

 小中城は、比高50m程の広い段丘上の一角にあったらしい。しかし現在段丘上は一面の耕地となっており、遺構は全く見られない。居館を置くには好適な地勢だが、遺構が見当たらない以上、どこに居館が構えられていたかも判断できない。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.537157/139.336746/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 日本の城

ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 日本の城

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2018/06/19
  • メディア: 単行本


タグ:居館
nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

神戸城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2154.JPG←虎口
 神戸(ごうど)城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、小曾根筑前守の城と伝えられる。その他の詳細は不明。しかし他の黒川衆と同様、黒川谷に桐生氏が進出すると桐生氏に服属し、桐生氏滅亡後は由良氏に属し、由良氏が1583年に小田原北条氏から離反すると、北条氏に服属したのだろう。

 神戸城は、みどり市立東中学校が建っている渡良瀬川北岸の段丘の、南西隅部に築かれている。山城以外の黒川八城では唯一、わずかではあるが明確な遺構を残している。大部分は耕地化で改変されているが、南西角に竹林があり、そこを探索すると隅部に虎口と小郭群が見られ、小堀切も確認できる。この先は川まで降りてしまうので、おそらく川の水を汲むための城道で、水場を監視する物見台があったのだろう。台地上には主殿の建つ曲輪があったと思われるが、そこには明確な遺構は見られない。
堀切と物見台→IMG_2156.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.535916/139.350049/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


城のつくり方図典

城のつくり方図典

  • 作者: 三浦 正幸
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2005/03/01
  • メディア: 単行本


タグ:中世崖端城
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

座間城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2147.JPG←座間城付近の現況
 座間城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、橋爪修理亮の城と伝えられる。その他の詳細は不明。しかし他の黒川衆と同様、黒川谷に桐生氏が進出すると桐生氏に服属し、桐生氏滅亡後は由良氏に属し、由良氏が1583年に小田原北条氏から離反すると、北条氏に服属したのだろう。
 座間城は、日枝神社西方の段丘上にあったらしい。一応「マッピングぐんま」の遺跡地図に場所は記載されているが、遺構は不明である。沢入城と同じく、段丘上の居館だった様に想像される。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.535899/139.364254/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


戦国の城全史 (歴史群像シリーズ)

戦国の城全史 (歴史群像シリーズ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 学研パブリッシング
  • 発売日: 2011/09/09
  • メディア: ムック


タグ:居館
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

草木城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2134.JPG←草木公園の段丘
 草木城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、高草木筑前守綱継・同対馬守則継の城と伝えられる。その他の詳細は不明。しかし他の黒川衆と同様、黒川谷に桐生氏が進出すると桐生氏に服属し、桐生氏滅亡後は由良氏に属し、由良氏が1583年に小田原北条氏から離反すると、北条氏に服属したのだろう。

 草木城は、草木湖というダム湖によって水没してしまったらしく、その正確な位置も不明である。草木橋のすぐ下辺りにあったとも言うが、橋の少し南に草木公園があり、何段かの平場が見られるので、勝手にこの辺にあったと想像しておく。そんな感じなので、明確な遺構など望むべくもない。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.560015/139.375563/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


戦国の城 (歴史群像シリーズ特別編集)

戦国の城 (歴史群像シリーズ特別編集)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 学習研究社
  • 発売日: 2011/04/21
  • メディア: ムック


nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

沢入城(群馬県みどり市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2124.JPG←祠のある段丘
 沢入(そうり)城は、黒川谷の郷士が築いた黒川八城の一つで、松島式部少輔古柏の城と伝えられる。松島氏は、深沢城主阿久沢氏と並ぶ黒川衆の旗頭的存在で、五覧田を本拠としていたが、沢入城の松島氏はその一族であったと思われる。それ以外の詳細は不明であるが、黒川谷に桐生氏が進出すると桐生氏に服属し、桐生氏滅亡後は由良氏に属し、由良氏が1583年に小田原北条氏から離反すると、北条氏に服属したのだろう。
 尚一説には、黒川衆は由良氏に属さず小田原北条氏に通じていたため、1579年、金山城主由良国繁は黒川谷に侵攻し、深沢城主阿久沢能登守・沢入城松島式部小輔古柏ら黒川衆と合戦となったと言う(史跡「深沢の角地蔵」に伝わる伝承)。しかしこの時期は上杉氏の勢力が後退し、由良氏も北条氏に属していたため、辻褄が合わない。この合戦が事実であるならば、それは由良国繁が北条氏から離反した1583年のことであろう。

 沢入城は、八幡祠・秋葉祠のある丘にあるとされ、国道122号線の西の段丘に当たる。民家と畑・空き地になっており、何段かの平場があるが耕作に伴うものと思われ、遺構は全く不明である。民家の手前に祠が祀られているので、場所的には間違いないと思われる。城と言うより、段丘中腹を利用した居館だったのであろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.579420/139.389317/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


新田岩松氏 (中世武士選書 第 7巻)

新田岩松氏 (中世武士選書 第 7巻)

  • 作者: 峰岸 純夫
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2011/09/08
  • メディア: 単行本


タグ:居館
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー
前の10件 | -