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植栗城(群馬県東吾妻町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2464.JPG←主郭西側の堀跡
 植栗城は、この地の土豪植栗氏の居城である。岩櫃城を築いた吾妻太郎の一族とも言われる。応仁年間(1467~69年)には植栗安芸守が城主で、1468年に植栗安芸守の伯母婿柳沢直安が斎藤行弘に襲われ、この植栗城へ逃れたと言う。永享の乱の前後より斎藤氏の庶流大野氏の勢威が宗家を凌ぎ、岩櫃城に入城して吾妻郡を支配した。大野憲直は、植栗河内守元吉と諍いを起こし、同族の岩下城主斎藤憲次に植栗氏討伐を命じたが、憲次は返って大野氏に反逆し、岩櫃城を急襲して大野氏を滅ぼした。憲次はそのまま岩櫃城主となって吾妻郡を支配し、元吉は憲次に従った。1563年、武田信玄は上州侵略のため真田幸隆に命じて岩櫃城を攻撃したが、この時植栗安房守元信は斎藤方として戦った。斎藤氏没落後、植栗氏は真田氏に従った様で、長篠合戦では植栗河内が手傷を負ったと言う。

 植栗城は、吾妻川南岸の段丘辺縁部に築かれている。畑地の中に三角形の主郭が一段高く残っている。主郭西側には堀跡が低地となって残っている。主郭南側は一面の水田になっているが、外郭があった可能性がある。その他には遺構はなく、ほぼ単郭の小規模な城である。主郭に城址標柱が立ち、主郭から南東にやや離れて植栗安芸守の石碑が残っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.578661/138.865471/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


信濃をめぐる境目の山城と館 上野編

信濃をめぐる境目の山城と館 上野編

  • 作者: 宮坂武男
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2015/06/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


タグ:中世崖端城
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吾妻城(群馬県中之条町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2437.JPG←城跡の現況
 吾妻城は、岩櫃城の支城と伝えられている。当初は北条氏が築いて、伊豆を本領とする家臣の狩野和泉守が在城したが、後に真田氏に降った。沼田真田氏が改易になると帰農し、剣持氏に改姓したと言われる。

 吾妻城は、吾妻川の支流枯木沢川の北岸の台地に築かれている。小規模な城砦で、しかも城跡はほとんど民家に変貌し、地勢は残っているもののほとんど遺構を残していない。現在も剣持氏宗家が住む部分は「オクリ」の屋号が残り、それより上段の部分の屋号は「オカタ」と言い、「お館」の転訛の可能性があると言う。また、ここより北西にある諏訪神社付近は高台となり、「中城」の地名が残り、ここにも城があった様である。物見の様に民家が建ち、いかにも城跡らしい雰囲気が残っているが、余りに規模が小さく、どのように機能していたのか推測するのは難しい。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.585312/138.839121/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


タグ:中世平山城
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小城(群馬県中之条町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2428.JPG←笹曲輪らしい平場
 小城は、北条氏と武田氏による争奪の場となった境目の城である。天正年間(1573~92年)初頭に白井城の出城として築かれたと伝えられる。武田方の部将真田昌幸が支配する岩櫃城と、北条方が支配する白井城との間にあって、激しい攻防が繰り広げられた。『吾妻記』によれば、1580年12月、北条方の尻高摂津守・同庄次郎ら140~50人が立て籠る小城を、真田昌幸の家臣池田佐渡守・海野郷左衛門ら200余騎が夜襲を掛け、摂津守は深手を負って自刃し、庄次郎は白井城に逃れて、城を奪われた。1589年12月、岩井堂の砦を抜いて進撃してきた北条方の白井勢に対し、この城を守っていた武田方の蟻川入道・桑原大蔵らが迎え撃ち、飯塚小六郎を撃ち取って撃退した。翌1590年2月、白井方の神庭三河・飯塚大学が蟻川入道を追い出して城を占領したが、同2月20日頃、岩櫃方の小渕次郎右衛門・一場茂右衛門は10人計で夜討ちを掛け、城を奪還したと言われる。
 但し、1589年12月以降の時期は既に豊臣秀吉から北条討伐の宣戦布告がされ、北条領国全体が秀吉の大軍の来襲に備えて軍備を固めていた時期であり、この様な小競り合いをしている余裕はなかったはずで、これらの伝承には疑問がある。

 小城は、吾妻川北岸の段丘東端に築かれている。往時は空堀で囲まれた方形の主郭とその北側に広がる二の郭が築かれていたが、現在は城の主要部は宅地化されて遺構はほぼ完全に隠滅している。東側先端には古城公園があり、先端が一段低い平場となっていて、往時の笹曲輪であった名残りと思われる。公園の西の道路は空堀跡の様にも見えるが、果たしてどうであろうか?公園の名前に城の名が付いているものの解説板もなく、かなり残念な状況である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.584123/138.860192/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


図説 戦国北条氏と合戦

図説 戦国北条氏と合戦

  • 作者: 黒田基樹
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2018/07/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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並木城(群馬県高山村) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2389.JPG←主郭周囲の切岸・腰曲輪
 並木城は、長尾尻高氏の居城尻高城の内、平時の居館として築いた里城に当たる。1401年に白井城主長尾重国(景春)の家臣が築城し、2年後に完成すると、重国の3男重儀が城主となり尻高左馬頭を称した。以後、尻高・大塚・平・赤坂・市城までの2024石を領して勢威を誇ったが、戦国後期になると上杉・北条・武田3大名の三つ巴の抗争の狭間にあって苦難を続けた。この頃、吾妻郡では岩櫃城主斎藤氏が最大の勢力を持ち、長尾尻高氏も斎藤氏に属していたが、1563年に武田信玄の命で真田幸隆が上州に侵攻し、岩櫃城・嵩山城を攻め落として斎藤氏を滅ぼした。尻高氏は一時的に武田氏に降ったが、間もなく上杉方に転じて反抗し、1574年に幸隆の攻撃によって尻高城は落城した。この時、城主尻高左馬介景家は討死したとされる。1578年に謙信の急死でその後継を争う「御館の乱」が越後で勃発すると、上杉景虎(北条氏康の7男)支援のため北条勢は越後へ進軍し、尻高左馬介義隆は北条方に付いて猿ヶ京城を守った。しかし1580年に武田勝頼の部将真田昌幸配下の海野輝幸に攻略され、尻高氏は滅亡した。

 並木城は、本宿地区にある比高10m程の段丘上に築かれている。現在郭内は畑に変貌しており、平場以外に明確な遺構を見出すことはできない。段丘辺縁部の南辺と東辺には一段低く腰曲輪・武者走りがあり、主郭の周囲は切岸となっている。民家脇の畑には堀切跡の様なわずかに低い畑があるが、はっきりしない。いずれにしても、古い形態の段丘上の居館であった様だ。南西の登り口に解説板・標柱が立っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.619592/138.898773/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


守りの名将・上杉景勝の戦歴 (新書y)

守りの名将・上杉景勝の戦歴 (新書y)

  • 作者: 三池 純正
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2009/05/02
  • メディア: 新書


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猿ヶ京城(群馬県みなかみ町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2163.JPG←横矢の掛かる主郭の大空堀
 猿ヶ京城は、宮野城とも言い、関東に出馬した上杉謙信に所縁の城である。築城年代は不明であるが、1560年に謙信は宮野城に一泊し、吉夢を見て宮野を猿ヶ京に改めたという伝説がある。古文書では1570年の謙信から家臣の栗林政頼宛の書状に「猿京近辺之証人共」とあるのが初出とされる。その後、1578年の謙信の急死でその後継を争う「御館の乱」が勃発し、上杉景虎(北条氏康の7男)支援のため、北条勢は越後へ進軍し、途中の猿ヶ京城を支配下に置いた。しかし1580年に武田勝頼の部将真田昌幸配下の海野輝幸に攻撃され、北条方の城将尻高左馬介義隆は降伏した。以後、真田氏が領主となり、武田氏の持城となった。武田氏滅亡後も真田氏がそのまま城を維持して北条氏に対抗した。廃城時期は不明。江戸後期の寛政年間(1789~1801年)に徳川幕府は三国街道の猿ヶ京関所を設置した。戦国時代から江戸時代まで、猿ヶ京は関東と日本海側の境界を守る要衝であり続けた。

 猿ヶ京城は、赤谷湖北岸に突き出た台地上に築かれている。しかし赤谷湖は戦後の人工湖なので、往時は湖はなく、谷戸に突き出た断崖上の城であった。三角形の台地を2つの堀切で分断した縄張りで、南端が主郭、北側に二の郭を配置している。主郭には現在湖城閣というホテルが建っている。主郭内部は2段に分かれており、そのままの地勢でホテルの温泉施設が建てられている。主郭北側には立派な土塁と大空堀が残り、この堀切は東側では横矢の屈曲が見られる。二ノ郭は民家などが建っており、中を探索することは不可能だが、遠目に土塁が辛うじて分かる。また張出し櫓台跡と思われる土壇上に民家が建っている。私は今回、湖城閣に宿泊したので、遠慮なく主郭内を歩かせてもらったが、そうでない人はホテルの方に断ってから探索して欲しい。また猿ヶ京は温泉でも有名で、湖城閣で入った夕闇の露天風呂は、折しも煌々と輝く月が湖面に映え、美しい光景だった。もしかしたら謙信もこんな景色を眺めたのだろうかと思うと(当時は湖がなかったにしても)、なんとも感慨深かった。
西斜面に落ちる主郭大空堀→IMG_2173.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.722873/138.888216/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


上杉謙信 (シリーズ・実像に迫る14)

上杉謙信 (シリーズ・実像に迫る14)

  • 作者: 石渡洋平
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2017/12/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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【重要!!】国土地理院地図のリンク切れのお知らせ [日記]

いつも当ブログをご愛読いただきありがとうございます。

当ブログの古城めぐりのページでは、
記事の最後に場所を国土地理院地図のリンクで明示してあるのですが、
ちょっと古い記事だと地図のドメインが、「cyberjapan.jp」となっています。
(現在のドメインは「maps.gsi.go.jp」です。)

今月4日で、この「cyberjapan.jp」が運用停止となってしまったため、
2014年7月以前の記事では、地図リンクのリンク切れが発生しています。
現在、時間を見つけて鋭意修正中ですが、
修正が完了するまで暫くの間ご迷惑をお掛けすることとなりますので、
ご了承ください。


尚、未修正のリンクで、下記の方法で手入力でアドレスを変更すると、
現在の「maps.gsi.go.jp」ドメインでの地図が表示されますので、
お試しください。

(例)http://cyberjapan.jp/?lat=35.641111&lon=140.452954&z=16&did=std&crs=1
       ↓
   手入力で、赤字の部分を下記の通り修正。
   https://maps.gsi.go.jp/#16/35.641111/140.452954&z=16&did=std&crs=1
   リンクを修正後にEnterキーを押すと、地図が表示されます。
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森下城(群馬県昭和町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2138.JPG←主郭付近の現況
 森下城は、沼田城を防衛する城砦群の一である。後に真田氏、北条氏によって前衛の砦として利用された。1582年、鉢形城主北条氏邦に攻められ、守将の加藤丹波守が奮戦、自刃したと伝えられている。
 森下城は、片品川南岸の段丘上に築かれている。東にそびえる断崖上に築かれた阿岨城と異なり、低地の川縁に位置している。阿岨城とは指呼の間にあり、このことから断崖上を押さえる阿岨城と一対となって、片品川の渡河点を扼していたと推測される。現在は畑の中に城址標柱と解説板が立っている。周りには段差が残っており、『日本城郭大系』の縄張図では主郭の周りに堀を廻らした環郭式の城であった様だが、縄張りは正直言ってよくわからない。この城も阿岨城と同じく、片品川によって城の中心部が削られてしまっている様である。尚、東北東400m程の民家脇に城将の加藤丹波守の腹切り石と言うものが残っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.623347/139.053655/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


ぶらり真田昌幸・信繁の城跡&温泉めぐり (ご当地戦国武将・旅行ガイドブック)

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  • 作者: マコト出版
  • 出版社/メーカー: マコト出版
  • 発売日: 2016/08/16
  • メディア: 単行本


タグ:中世崖端城
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阿岨城(群馬県昭和村) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2118.JPG←主郭周囲の堀跡
 阿岨城は、阿曾の砦とも呼ばれ、沼田城を防衛する城砦群の一である。現地解説板によれば、1573年に沼田城主沼田万亀斎(顕泰)は愛妾・ゆのみの兄・金子美濃守にこの城を与えた。その後、1582年に鉢形城主北条氏邦が長井坂城、阿岨城、森下城を次々に攻略した際、阿岨城は北条の兵3000騎に夜討ちされ、金子美濃守は騎馬もろとも谷を滑り落ち、沼田城へ逃れたと伝えられていると言う。

 阿岨城は、片品川東岸にそびえる比高150m程の台地辺縁部に築かれている。堀跡がよく残り、綺麗に整備されているので、夏でも訪城可能である。小規模な主郭の周囲に堀を廻らし、その外周にニノ郭を配し、その周りにも堀を廻らしていた様だが、ニノ郭は耕地化で一部を残して湮滅している。また城域の北西側半分ほどが、段丘崖の崩落で失われている様で、主郭は中途半端な形をしている。伝承では、北条方の沼田城攻撃の拠点の一つとなっていた様なので、往時はもっと異なる姿を見せていたのかもしれない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.626498/139.066079/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


読む年表 利根沼田の歴史

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  • 作者: 金子蘆城
  • 出版社/メーカー: 上毛新聞社 出版部
  • 発売日: 2016/11/24
  • メディア: 単行本


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幕岩城(群馬県沼田市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_1936.JPG←三ノ郭の空堀跡
 幕岩城は、沼田氏の沼田城以前の居城である。沼田氏は最初は荘田城を本拠としていたが、1405年頃に小沢城に居城を移し、更に1519年に沼田泰輝が幕岩城を築いて本拠を移した。以後、1544年に泰輝の子顕泰が沼田城を築いて居城を移すまで、沼田氏の本城となった。

 幕岩城は、沼田城と同じ沼田台地の北の突出部に築かれている。沼田城と同様に比高50m以上の断崖で囲まれている。直線的な空堀で区画された主郭・ニノ郭・三ノ郭で構成され、北端の断崖沿いに主郭がある。現在城内は民家や畑が並び、遺構の大半は失われているが、戦後の航空写真では堀跡がはっきりと残っている。主郭先端は空き地となり、土塁と窪地状の地形が見られる。そこには墓が多数建っているが、誰のものかはよくわからない。卵塔があるので寺があったものの様である。二ノ郭入口は車道がクランクしており、虎口の名残であろう。その東側に掘跡が残っている。ちなみにニノ郭の堀は、この虎口の西側で大きく横矢掛かりの屈曲があったが、現在は宅地に変貌して湮滅している。三ノ郭の堀も一部が明確な窪地となっており、分かりやすい。三ノ郭内の宅地跡(現在は空き地)の門跡に、個人で立てた「幕岩城二の丸跡」と刻まれた丸い石碑が残るが、実際は三ノ郭内に当たる。この他、主郭の北東の断崖下に「殿様清水」という湧水も残る。尚、どこかに城の解説板があるらしいが、見つけることができなかった。もっと遺構が残っていればと惜しまれる。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.655630/139.048247/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


関東戦国史 北条VS上杉55年戦争の真実 (角川ソフィア文庫)

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寄居山城(群馬県片品村) [古城めぐり(群馬)]

IMG_1850.JPG←公園化された主郭
 寄居山城は、歴史不詳の城である。鎌田集落の西端に位置する比高10m程の小丘に築かれている。片品川に面した断崖上の小山で、現在は公園化されて大きく改変されており、明確な遺構はほとんど見られない。公園頂部は2段の平場に分かれているが、元々は単郭の城で周囲に腰曲輪が廻らされていただけらしいので、公園化の際にかなり改変を受けていると思われる。西には断崖に面した細尾根があるが、城砦の一部として機能していたのかどうかははっきりしない。結局、「寄居」という城郭関連地名を残すことだけが城があったことを伝えているだけである。鎌田宿入口を押さえる、関所的な砦であったのだろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.769727/139.224801/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

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  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2011/05/31
  • メディア: 単行本


タグ:中世平山城
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