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茂木陣屋(栃木県茂木町) [古城めぐり(栃木)]

IMG_5568.JPG←陣屋跡の現況
 茂木陣屋は、肥後熊本藩細川家の分家が築いた陣屋である。茂木藩細川家の初代細川興元は、細川藤孝(幽斎)の次男で、細川忠興の弟に当たる。関ヶ原の戦いで軍功を挙げ、兄忠興に従って小倉城代となったが、後に兄と不和になり出奔した。その後、父幽斎を頼って京都に隠棲していたが、1608年に徳川家康の仲介で兄忠興と和解した。1610年に2代将軍徳川秀忠のはからいで下野国茂木地方25ヶ村・10054石を与えられ、茂木藩を立藩して陣屋を造営した。その後、大阪夏の陣に参戦し、その功により1616年、茂木1万石に常陸国谷田部6200石を加増され、合計16,200石の大名となった。1619年、興元の子で2代藩主興昌は藩庁を茂木から谷田部に移し、谷田部藩が成立した。その後は谷田部陣屋が本拠となったが、茂木陣屋はそのまま残され、茂木地域の所領を引き続き統治した。そのまま明治維新を迎え、明治4年に藩主興貫は再びこの地に藩庁を移し、茂木藩と改称した。同年、廃藩置県により茂木陣屋は廃された。

 茂木陣屋は、現在の茂木町民センターや茂木商工会がある敷地にあった。遺構は全く無く、北西の交差点脇に石碑が建っているだけである。その西に掛かる橋は、御本陣橋と呼ばれ、わずかにその名に往時の名残を伝えている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.531390/140.186298/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:陣屋
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