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内宿館(茨城県行方市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_4764.JPG←主郭北西の櫓台の張出し
 内宿館は、歴史不詳の城である。位置的には神明城木崎城の中間に位置していることから、両城を居城とした常陸武田氏の支城であったろうことは想像に難くない。しかし佐竹氏による「南方三十三館の仕置」で武田氏が滅亡した後、関ヶ原合戦後の1602年に出羽国由利郡からこの地に5000石で移封となった仁賀保氏が陣屋として築いた(或いは武田氏時代の城館を改修した)のではないかとの説や、1623年に常陸府中に入部した皆川氏の一族が内宿館を居館としたとの説も提示されている。いずれにしても推測の域を出ず、今後の考究が待たれるところである。

 内宿館は、武田川北岸の比高25m程の段丘先端に築かれている。東西に並んだ主郭・二ノ郭から成っており、主郭は自性寺の境内となり、二ノ郭は現在は墓地と空き地になっている。自性寺の周囲には最大で高さ5m程にも及ぶ大土塁が築かれ、ほぼ全周を囲繞している。その北側から東側にかけての外周には規模の大きな横堀が穿たれている。この横堀の内、北面では主郭から張り出し櫓台を両翼に設けて、相横矢を掛けている。一方、二ノ郭は以前に小学校が建てられていた為に改変を受けており、かつてはあった主郭との間の空堀は埋められてほぼ湮滅している(北側の山林脇だけ、わずかに窪んだ地形として残っている)。二ノ郭は主郭よりも数m低い位置にあり、主郭西辺の土塁が切岸の様な形で残っているだけである。二ノ郭の北端には虎口の土塁が築かれている。遺構は以上の通りで、内宿館は単純な構造の城館ながら、土塁や空堀の規模が大きく、相横矢の櫓台と相俟って中々見応えがある。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.101787/140.499086/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世崖端城
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