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小貫楯(茨城県行方市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_4624.JPG←南の切通し状参道
 小貫楯(小貫館)は、西蓮寺を使用した寺院城郭であったらしい。天正年間(1573~92年)に小貫氏が城主であったと言われ、小高城の支城となっていた様である。戦国期にこの付近で唐ヶ崎合戦という戦いがあったということで、行方四頭で同族の小高氏・玉造氏による所領争いを発端として、宗家に当たる大掾氏や周辺豪族を巻き込んだ一大紛争となったと言う。その際に小貫氏が立て籠もった城砦であったのかもしれない。

 小貫楯は、前述の通り西蓮寺の境内となっている。この地は霞ヶ浦東岸の比高30m程の台地上にあり、周囲を低湿地帯に囲まれた要害であったのだろう。西蓮寺は782年創建と伝えられる古刹で、それを臨時的に要塞化しただけの城館であると思われるので、城郭遺構は極めて少ない。南中央の参道は切通し状の通路で、途中で屈曲しており、いかにも城郭風の造りである。またその東側には、台地より5m程低い位置に腰曲輪らしい平場が広がっている。この他では、境内奥の南側に横堀などの城郭遺構があるようだが、寺の方が作業されており、怪しまれるとまずいので、奥の遺構を確認することはできなかった。城館というより、国重文になっている仁王門や相輪橖など、古刹西蓮寺の文化財の方に目を奪われる。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.071840/140.439155/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

※東北地方と茨城では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。
タグ:中世平山城
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