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樫崎城(宮城県石巻市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_2798.JPG←主郭北側の空堀と櫓台
 樫崎城は、内館城とも呼ばれ、山内首藤氏の家臣男沢内膳の居城と伝えられている。永正年間(1510年頃)に七尾城主首藤貞通・知貞父子が、石巻城主葛西宗清と対立し、葛西勢の大軍の攻撃を受けた際、樫崎城も葛西勢の猛攻により落城したと言われている。

 樫崎城は、北上川西岸の標高34.5mの丘陵上に築かれている。南西の民家敷地に登り道が確認できるが、進入できないので、北西麓の鹿嶋神社裏手から登城した。最高所の主郭を中心にY字型に曲輪を配した縄張りとなっている。西郭は畑となっているが、主郭も含めたその他の曲輪は山林や耕作放棄地となっている。西郭から山林に入っていくと、すぐに西側の堀切に行き当たる。西側に土塁を築いた一直線状の堀切である。そこから更に東に進むと主郭周囲の広い腰曲輪に至る。ここは耕作放棄地であるが、藪が少なく開けている。ここからは南東郭群が段々になっているのがよく分かる。また東郭群は山林の中に段になった曲輪群が確認できる。主郭は、切岸で囲まれた方形に近い曲輪で、北側には横堀が穿たれ、中央付近にやや張り出した櫓台が築かれ、空堀がその周りで屈曲して横矢が掛かっている。この他、前述の西堀切よりも南東側斜面に竪堀が1本落ちている。なだらかな丘陵上の城で、比較的旧態依然とした縄張りなので、大軍に攻められたらひとたまりもなかったろうと想像される。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.564853/141.290982/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世平山城
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