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沢山城(宮城県石巻市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_2760.JPG←主郭と思われる寺崎八幡神社
 沢山城は、寺崎城とも呼ばれ、葛西氏の家臣寺崎氏の居城である。伝承では、元は奥州藤原氏の部将西條氏の居城であったとされる。寺崎氏は、奥州千葉氏の一族とも、或いは葛西氏の一族とも言われ、下総国葛西庄が本貫地であったが、葛西氏に従って奥州に下向し、桃生郡に沢山城を築き、代々葛西氏の重臣を務めた。戦国時代の1507年、金沢城主金沢冬胤が葛西氏に対して反乱を起こすと、寺崎下野守時胤は日形城主千葉秀胤らと共に金沢を攻めて討死した。五郎三郎重清(時継)が寺崎氏を継いだが、千葉秀胤も討死したことで峠城が空き城となり、寺崎氏は峠城を押さえて本拠を移した。一方、沢山城には一族の寺崎伊予守を残したらしい。その後の沢山城主寺崎氏の事績は不明である。

 沢山城は、標高20m程の八幡山と呼ばれる丘陵上にあり、現在は寺崎八幡神社の境内となっている。縄張図もないのでよく分からないが、神社が建っているのが主郭らしい。その南側に一段低い平場が広がっているが二ノ郭であろうか?特に堀切などの明確な城郭遺構は確認できず、どこまで城域が広がっていたかもわからないが、宮城県遺跡地図では八幡山全体が城跡であったとしている。しかし八幡神社の東側は、壊滅的な乱開発で地形が変形してしまっており、遺構は望むべくもない。以前は八幡神社の参道下に城址標柱があったようだが、それも今はなくなってしまっている。非常に残念な状態である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.569886/141.259353/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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