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下草古城(宮城県大和町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_2169.JPG←本丸周囲の水堀跡
 下草古城は、伊達政宗の3男宗清が1613年に入部し、1616年に吉岡城を築いて居城を移すまでの宗清の居城である。宗清は、二重の堀を持った平城として整備したが、川沿いの低地のため水害に見舞われることが多く、新たに吉岡城を築いたとされる。しかし、すぐ南方の山稜には黒川氏の巨城・鶴巣楯があり、下草古城は黒川氏一族か、鶴巣楯を有事の詰城とした黒川氏の平時の居館であった可能性もある。実際に過去に行われた周辺での発掘調査の結果、宗清居城以前の城下町があった可能性が指摘されている。
 下草古城は、竹林川南岸に築かれた平城である。城址は耕地化されてかなり改変されているが、方形の本丸とその周囲の水堀跡がほぼ往時の形で残っている。本丸の周囲には梯郭式に二ノ丸が築かれ、外堀の南西部が僅かにその形状を残している。二ノ丸の南側一帯に、城下町が築かれていたらしいが、現在ではその痕跡は微塵もない。低地になった本丸水堀跡だけが、城の名残を伝えている。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.425227/140.903349/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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