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湖水城(宮城県登米市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_4752.JPG←城跡の台地
 湖水城は、西郡城とも呼ばれ、葛西氏の家臣西郡氏の居城である。戦国末期の城主は西郡新左衛門とされ、1590年の奥州仕置の際、葛西氏の将として700騎の総大将として現在の桃生郡河南町須江に出陣し、翌91年深谷の役で伊達軍と戦い討死したと言う。一方、西郡城主として千葉左馬助胤元の名も伝わっており、城主について不明点が多いのは、葛西氏時代のこの地域の多くの城と同じである。いずれにしても城主の事績は不明である一方、葛西大崎一揆で伊達勢に滅ぼされたことは論を俟たないであろう。

 湖水城は、機織沼の西側にある比高5m程の島状台地に築かれている。平坦な頂部に長円形の主郭を置き、周囲に一段低く腰曲輪を廻らしていたようである。適当に取り付きやすそうな部分から台地に這い上がってみたが、全域藪が酷すぎてまともに写真が取れない状況で、遺構の確認もできないのが残念である。城址南側の民家近くに城址標柱が残っているが、字が判別不能なほど消えてしまっている。かなり残念な状況である。
 尚、機織沼の北東の丘の上に西郡新左衛門夫妻の石碑と祠が建っている。

お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.733046/141.280317/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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