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楯山城(宮城県仙台市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_2764.JPG←広やかな二ノ郭と大櫓台
 楯山城は、秋保郷の土豪秋保氏の要害である。秋保氏の出自は、桓武平氏の落人で平清盛の長男小松内大臣重盛の流れを汲むとも、或いは執権北条氏の内管領長崎氏の一族であったとも言われる。いずれにしても秋保郷を支配し、鎌倉後期の5代基盛の時に、楯山城を築いて居城としたと伝えられている。その後、北東麓の名取川対岸の長楯城に居城を移すまで、楯山城は長く秋保氏の本城で、秋保5ヶ村を支配する拠点であり、長楯城に居城を移してからも、詰城の楯山城と居城の長楯城が一体となって機能していたと推測されている。そして秋保氏は、一族を郷内5ヶ村に分封しながら防衛網を構築し、戦国期に伊達氏に服属すると、出羽最上氏の二口峠を越えての侵攻に対する備えを担った。そして18代弾正忠直盛が転封となるまで秋保氏の本拠として重要な位置にあったと言う。

 楯山城は、標高334.2m、比高184mの独立峰に築かれている。主郭と二ノ郭から成る、比較的規模の小さい城で、二ノ郭の下に登り道に沿って3段の腰曲輪が築かれている。二ノ郭は、峻険な山上にしては広い曲輪で、綺麗に削平されており、いかにも居館が置かれていた雰囲気を残している。西辺に土塁が築かれ、南端の虎口横には大櫓台が築かれている。主郭は二ノ郭の北側上部にあり、中央部の高台と周囲の一段低い平場と2段に分かれている。技巧性はない素朴な縄張りであるが、秋保氏の本城として異彩を放っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.247011/140.676155/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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