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多比良城(群馬県高崎市) [古城めぐり(群馬)]

IMG_9083.JPG←主郭北側の堀切跡
 多比良城は、新堀城とも呼ばれ、関東管領山内上杉氏の支城である。山内上杉氏の居城平井城の別城で、また南の一郷山城を要害城(詰城)とし、これらで別城一郭の構えを成していたとされる。1563年、多比良城は西上州に侵攻した武田信玄の攻撃を受け、城主多比良氏は城に収蔵されていた上杉家の宝物を焼き捨て、子女を自害させ自らも自刃したと伝えられている。その後は西上州の支配者の変遷に伴い、周囲の諸豪と同様に主君を変え、最後は小田原北条氏に属した。1590年の小田原の役では、多比良豊後守友定は上杉景勝の先鋒藤田能登守信吉に降ったと言う。

 多比良城は、土合川とその支流に挟まれた比高40m程の段丘先端部に築かれている。城内はほとんど畑となって改変されているが、概ね往時の形状を追うことができる。中心に方形に近い形状の広い主郭を置き、その周囲に空堀を巡らし、その外側に北郭・東郭・南郭の各曲輪を配置している。主郭南の堀跡にはソーラーパネルが並んでしまっており、景観を損ねている。主郭西側は土塁を伴った腰曲輪になっているが、藪化している。北郭も藪だが、主郭との間の堀切は良くその形状を残している。東郭は畑となり、東下方に一段低く腰曲輪を築いている。南郭は畑とソーラーパネルが置かれている。南郭南東の車道は鉤形に折れているので、虎口の跡かもしれない。以上の様に、城址がだいぶ改変されてしまっているのが少々残念である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.236399/139.009087/&base=std&ls=std&disp=1&lcd=red&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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