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砂金城(宮城県川崎町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_3411.JPG←広い主郭
 砂金城は、本砂金城とも呼ばれ、伊達氏家臣砂金氏の元の居城である。戦国後期に前川本城(中ノ内城)を築いて居城を移すまで、歴代の居城であった。砂金氏の事績は前川本城の項に記載する。

 砂金城は、標高250m、比高60m程の丘陵上に築かれている。南麓の国道457号線脇に城址解説板が建っている。特に明確な登り道はないので、解説板付近から適当に斜面を直登するしかない。遺構は、山頂の主郭から南東の尾根・その南に派生する中央の南尾根・その左方に位置する南尾根と三方に広がっている。斜面を登っていくと、中央の南尾根先端の小郭に至る。小郭と後ろの尾根上の曲輪との間は小堀切が穿たれている。尾根上の曲輪は縦長の平場で、奥に木戸口のような土盛があるが、少々草木で荒れており遺構かどうかは明確ではない。この先は南東尾根へと武者走りが斜面を迂回するように続き、南東尾根の曲輪群に至る。南東尾根は主郭の手前に築かれた二ノ郭を中心に、二ノ郭の西から南にかけて腰曲輪が取り巻き、その南東に2つの舌状曲輪を築いている。二ノ郭の南端には両側に土塁を築いた虎口があり、北側には主郭に至る大手道があり、側方に櫓台を築いている。その西側に二ノ郭北西端から西の谷戸に降る道がついている。道の上部側方も土塁で防御されている。この谷戸に水の手があったらしい。一方、大手を登ると主郭に至る。主郭はまとまった広さをもった城内最大の曲輪で、西と南に腰曲輪を築いている。特に南の腰曲輪では、腰曲輪からの主郭虎口に櫓台が設けられ、2段ある内の上段の腰曲輪に、土塁で囲まれた小さな穴蔵のようなものが2つ並んでおり、何らかの備蓄庫になっていた可能性がある。南の腰曲輪を2段経由して、その下の三ノ郭に至る。三ノ郭は単純な舌状の平場で、腰曲輪は見られない。一方、主郭の後部に土壇があり、その上からは主郭全体が見渡せる。その裏はやや幅狭の尾根となって北に続いており、小堀切が穿たれている。以上が砂金城の遺構で、大規模な城ではないが、この前に行った大森山楯と比べれば、遥かに城らしい遺構が見られる。
二ノ郭虎口→IMG_3328.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.241618/140.648217/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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