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高橋城(栃木県芳賀町) [古城めぐり(栃木)]

IMG_2708.JPG←南の堀跡の畑
 高橋城は、延文年間(1356~61年)に高橋刑部左衛門尉義通が築いたと言われている。高橋氏は常陸の名族佐竹氏の出と言われ、信州7千石を領して木曽義仲に従っていたが、義仲滅亡後に関東に下向し、宇都宮氏を頼ってその家臣となったとされる。以後、高橋城を本拠として宇都宮氏の家臣として続き、16代小太郎判官越後守貞勝までの歴代の居城となった。1597年に宇都宮氏が改易になると、高橋城も廃城となった。尚、現在城跡に残る「小太郎判官の墓」は、高橋氏12代御子之介義途のものと伝えられている。

 高橋城は、五行川東岸の平地に築かれていた。現在は一面の水田に変貌し、遺構は完全に湮滅している。昭和20~30年代の航空写真を見ると、南西角に前述の「小太郎判官の墓」を置き、北・西・南を巡る堀跡のような帯状の水田の形状が確認でき、これが主郭であったろうと推測される。西と南の堀は直線状だが、北の堀は弧を描いた形状である。今は耕地整理で壊滅し、高橋小太郎の墓と南側の堀跡の畑しか残っていない。東には水路を挟んで高椅神社が建っている。
主郭南西角に残る小太郎判官の墓→IMG_5040.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.519699/140.042231/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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