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小宅城(栃木県益子町) [古城めぐり(栃木)]

IMG_0653.JPG←ダイナミックな横矢掛かりの空堀
 小宅城は、『日本城郭大系』によれば、芳賀氏の家臣小宅兵部左衛門高宗によって天文年間(1532~55年)に築城されたとされている。しかし小宅氏の系図には諸説あり、益子氏3代頼宗の子高勝が小宅郷を領して小宅を名乗ったとも、或いは芳賀氏11代高俊の3男高真が小宅郷を領して1294年に小宅城を築いたともされ、明確にできない(時代の異なる2系の小宅氏が存在していた可能性もある)。また廃城は、1597年の宇都宮氏改易の時で、時の城主は小宅高良と言われるので、いずれの説にしても小宅城が宇都宮氏勢力下の城であったことは間違いないだろう。

 小宅城は、国道123号線の北側の、比高15m程の丘陵南斜面に築かれている。遺構は山林内に完存している。ほぼ単郭の小規模な城であるが、大きな横矢掛かりの櫓台と空堀を持った城である。私は西側斜面からアプローチしたが、腰曲輪状の平場が散見される斜面を登っていくと、ダイナミックに横矢が掛かった空堀が眼前に現れる。主郭の切岸は堀の向こうにそびえ立っている。空堀は、南面以外を大きくコの字に囲んでおり、北面では櫓台が張出している。空堀の南西端にも小さな横矢のクランクがあり、外側には物見台と思われる小丘がある。この小丘を古墳と解する意見もあるが、それにしてはサイズが小さすぎるので、塚だったものを物見台に転用したと推測される。この南西端の堀の屈曲部から、城内に通じる虎口が築かれている。主郭は斜面上に築かれているため、内部は大きな段差で上下2段に分かれている。高低差が大きすぎるので、1つの曲輪が2段になっていると言うよりも、上下2段の別の曲輪(主郭と副郭)と見るべきだろう。主郭内北端の張出し櫓台は文字通りそびえ立っており、その脇には謎のL字型の空堀と物見台が付随している。これは他に類例のない遺構で、どのような意図で城内への防御を固めていたのか判断しかねる。この他、東側に外郭と思われる空堀で囲まれた空間があるが、後世の改変の可能性があり、遺構かどうかは微妙である。小さいが素晴らしい遺構なので、永く後世に残してもらいたいものである。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.510705/140.119050/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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