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桃生城(宮城県石巻市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_6210.JPG←北の外郭の土塁跡
 桃生城は、律令政府が758年に造営を開始し、760年に完成し、その後774年に海道の蝦夷による攻撃を受けた古代城柵である。発掘調査の結果、外周を築地塀などで囲み、中央やや東寄りに政庁、その西側に官衙地区が設けられていることが判明している。これらはいずれも同時期と見られる火災で消失し、その後復興されていないことから、『続日本記』に記載されている海道の蝦夷による桃生城攻撃が原因と考えられている。8世紀後半の、わずか15年程の期間しか存続しなかった城柵である。

 桃生城は、標高70m程の丘陵地に築かれている。私が訪城した「丘陵地に築かれた古代城柵」としては、宮沢遺跡に続き2例目である。しかし宮沢遺跡のような本格的な堀などの防御施設はなく、外周を築地塀・土塁と櫓で防御していただけらしい。また桃生城は、古代城柵としては異例の未整備状態で、訪城した際、たまたま行き会った古代城柵巡りをしている中年のご夫婦が、「ここは最悪」と愚痴っていたほどである。普通は復元整備するか、それほどでなくとも散策路を整備して、政庁跡などを簡易的な表示で示すかするものだが、ここでは中心の政庁跡は藪で冬でも進入不能、西側官衙地区に至っては到達することすら不可能。北辺の築地塀の土塁だけは、わずかな踏み跡程度の小道が通じており、土塁の跡がわずかに示されているが、帰りに暗くなってきたら小道が見えなくなって危うく迷いそうになったぐらいである。史跡の整備状態としてはホントに最悪で、さすがにこれは行政当局でもう少し考えた方が良いのではないかと感じた。
政庁跡の現況→IMG_6203.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.533430/141.277485/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:古代城柵
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