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新沼城(宮城県大崎市) [古城めぐり(宮城)]

IMG_8594.JPG←主郭跡とされる稲荷神社
 新沼城は、大崎氏の家臣遠藤掃部と上野甲斐の居城と伝えられている。1588年、大崎氏家中の内紛を機に伊達政宗による武力介入を許し、大崎合戦となった。留守政景・泉田重光を大将とする伊達勢は大崎領深く侵攻し、中新田城を包囲攻撃したが、守将南条下総守の巧みな用兵と堅守によって落とすことができず、折からの大雪によって伊達勢は撤退を余儀なくされた。これを見た南条氏は城から打って出て、殿を務めた侍大将小山田筑前を討ち取った。大敗した伊達勢は退路を失い、泉田重光率いる残兵は命からがら新沼城に逃げ込んで籠城した。結局、泉田重光・長江月鑑斎両将を人質に出すことで、大崎氏と伊達氏の和議が成立し、新沼城に孤立していた伊達勢は引き揚げを認められたと言う。その後の城の歴史は不明であるが、1590年の大崎氏の改易によって廃城となったのだろう。

 新沼城は、東北道のすぐ西にある下沖集落に位置している。集落中央付近の畑地の中に建つ稲荷神社付近が主郭とされ、その周辺の東西120m、南北100m程の範囲に主郭が拡がっていたとされる。城内は宅地や耕地に変貌して、遺構は完全に湮滅している。主郭付近はわずかに微高地となっているが、改変が激しく輪郭もはっきりしない。辛うじて堀跡と思われる水路が残っているだけである。稲荷神社脇に城址標柱がなければ、誰もここが城跡とは思わないであろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.540278/140.926867/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
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