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萩原長者屋敷(茨城県城里町) [古城めぐり(茨城)]

IMG_7581.JPG←櫓台と屈曲する空堀
 萩原長者屋敷は、歴史不詳の城である。伝承では、この地の豪族大峰武郷(後に萩原に改姓)の居館であったと言う。その娘徳蔵姫の弘法大師への悲恋の物語が伝えられているが、伝説の類であろう。現在残る遺構からすれば、戦国期の城館と推測される。

 萩原長者屋敷は、藤井川南岸の比高30m程の丘陵上に築かれた城である。公園として整備されているので、容易に訪城できる。単郭の小規模な城砦であるが、主郭外周を低土塁で囲み、更にその周囲を空堀を巡らして防御を固めている。見事なのは、この空堀に見られる多数の横矢掛かりで、空堀を要所で屈曲させ、櫓台を設けて虎口に架かる土橋へ横矢を掛けている。また一方、台地基部にも中規模の堀切を穿って分断している。この堀切は一直線状に穿たれた単純なものであるが、内側には土塁が築かれて防御性を高めている。遺構を見る限り、極めて実戦的な緊迫感のある縄張りで、明らかに戦国期の遺構と推測される。
 しかしこの城で謎なのは、以前に行われた発掘調査で、戦国期の遺物や建物跡が全く検出されなかったことである。この事実は、いわゆる杉山城問題と軌を一にするもので、考古学的調査結果と遺構の縄張り的先進性とが相容れないのである。この事実をどう解釈するか、非常に悩ましい問題であるが、必ずしも検出遺物が城の歴史の全てを物語っているのではないということを示しているのかもしれない。第2の杉山城問題とも言うべき難題を、我々に問いかけている城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.452908/140.254555/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世平山城
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