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飯沼城(茨城県茨城町) [古城めぐり(茨城)]

IMG_6199.JPG←主郭の土塁
 飯沼城は、桜井尊房によって築かれたと伝えられている。城域から発掘された遺物から、城のすぐ西側に隣接する福性寺と密接な繋がりがあったと推測されている。福性寺の記録によれば、南北朝時代には南朝方に属し、また戦国時代の城主として桜園氏の名が記されていると言う。文明年間(1469~86年)には水戸城を拠点に北の佐竹氏と盟約を結んで常陸南部で大きな勢力を持った江戸氏の支配下に入った。1590年の小田原の役の後、豊臣秀吉の権力を背景にして常陸一国の統一を推し進めた佐竹義宣によって、同年12月に水戸城が攻略された際、桜園氏も滅ぼされた。

 飯沼城は、涸沼川南岸の段丘の縁に築かれている。現在は立川根小学校の南側に、主郭が公園化されて残っている。往時は南北に連なった3つの曲輪で構成され、立川根小の校庭部分も実はかつては北の曲輪であったが、現在は削られて湮滅している。また南の曲輪は墓地に変貌しており、こちらも湮滅が進んでいる。結局残っているのは主郭だけであるが、主郭は方形の曲輪で四周を土塁で囲んでおり、方形居館から発展した城であることを伺わせる。また周囲は空堀があったようだが、現在は車道などに変貌して湮滅している。主郭がよく残っているだけに、周辺遺構の湮滅が惜しまれる。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.289376/140.383537/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
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