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荒神尾城(長野県松本市) [古城めぐり(長野)]

IMG_5879.JPG←Ⅳ郭から見た主郭までの曲輪群
 荒神尾城は、歴史不詳の城である。一説には、1553年に武田勢が攻め落とした苅谷原城とは、この城のことではないかとも言われている。

 荒神尾城は、苅谷原城の東南東1.4kmの位置にある標高950mのピーク上に築かれている。東の谷戸を登る車道脇に案内表示と登り道が整備されているので、迷うことなく登ることができる。山頂の主郭から東のやや広い尾根上に4段の曲輪を設けているのが基本構造である。主郭自体の広さは苅谷原城と大差ないが、周囲の切岸にわずかに石垣が残存している。また前述の4段の曲輪は、きれいに削平されたある程度の広さを持った曲輪になっており、特にⅢ郭は背後に堀切を設けた、前面防衛の櫓台となっている。一方、主郭から伸びる北東尾根と南尾根にも堀切や小郭が設けられている。この二つの尾根筋は非常な細尾根で、小郭があることはあるがほとんど物見程度のレベルで多数の兵を籠めることはできない。堀切もほとんどは小規模のものだが、南尾根の1本だけは比較的大きい。また北西尾根の城域先端近くには四重堀切が穿たれ、更にその下方に続く尾根にも堀切が穿たれており、この尾根筋からの接近を警戒していることがわかる。城域の広さは苅谷原城には及ばないが、曲輪などの普請のレベルは苅谷原城よりしっかりしている。とは言うものの、基本的な城の規模・築城技術は苅谷原城と同等程度で、これが筑北の土豪の築城規模ということかと推測させられる。
北西尾根の四重堀切→IMG_5945.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.309385/137.995877/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世山城
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