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郷路山城(長野県長野市) [古城めぐり(長野)]

IMG_1999.JPG←L字状の土塁
 郷路山城は、葛山城の出城である。葛山城から南東に伸びる尾根の先の広い緩斜面(郷路山)に築かれている。はっきりした遺構としては葛山城との間を分断する尾根上の堀切と、緩斜面に築かれたL字の土塁と空堀だけである。頼朝山砦と同じくささやかな規模の遺構であるが、土塁で区画した平場があることから、物見や監視の砦というよりは兵糧などの倉が置かれたのではないだろうか。位置的に上杉謙信が本陣を置いた横山城と葛山城を結ぶ直線上に位置していることから、武田方に奪われない様に軍需物資を山上に蓄積したのではないかと、個人的に推測している。
 尚、郷路山城の名は『軍事分析 戦国の城』(学研)に記載されているので、それに依拠した。宮坂武男氏の『信濃の山城と館』では葛山城の一郭として縄張図に記載している。位置的にも葛山城からの独立性が高いことから、ここでは郷路山城として取り扱った。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.667421/138.173397/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
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らんまる

この名前は初耳でした・・。頼朝山を出城として扱うなら、この領域も別城としての扱いというのは納得できますネ。

葛山城は何度か登り、丸一日かけて隅から隅まで踏査したことが昨日のように思い出されます。城域が広大過ぎて未だブログに掲載できず、どげんかせんといかん・・・と思いつつ放置しております(笑)

甲越紛争時の足軽クラスの人々は、土木工事の作業員でもあった訳で、旭山城に対抗する葛山城が短期間の突貫工事で造成されたのは特筆すべき・・・と思ったのですが、案外、信濃の著名な大名系の山城の築城に費やす平均の工期は約3ヶ月らしいので、珍しい訳でもないようです・・・(汗)
by らんまる (2016-09-29 21:59) 

アテンザ23Z

>らんまるさん
こんばんは。葛山城、想像通りデカかったですね。ただ気になったのは、最近トレイルランのコースになっているらしく、曲輪や切岸の道をドカドカ走っていく人が多くて、あぁ、そんな風に駆け下りたら、せっかくの遺構が壊れる~!という懸念がありました。

城普請は、中世城郭の場合、現代人が想像より短いようですね。北条氏が豊臣秀吉来襲に備えた大普請も一当番当たり1週間から10日とか、そんな短期のものを交代で行ったようです。近世城郭でも、びっくりするほど大きな堀を、数週間で作り上げたと言われるぐらいなので、戦国大名レベルになると、大量動員による人海戦術でやっつけちゃったんでしょう。昔の権力って恐ろしいですね。
by アテンザ23Z (2016-09-29 23:03) 

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