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長山城(茨城県潮来市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_0897.JPG←大堀切と二ノ郭
 長山城は、大掾氏の庶流で行方氏の一族、長山氏の居城である。鎌倉時代中期に、行方氏の嫡流に当たる小高城主行方(小高)幹平の次男与一郎知幹が長山に分封されて長山氏を称し、長山城を築いた。その後歴代の居城となり、7代宗幹の時には、上杉禅秀の乱で大掾満幹に従って戦功を挙げ、次第に勢力を増した。1522年、10代幹綱の時、同族の島崎城主島崎利幹(安国)に攻められ落城し、幹綱は自害した。その子政幹は佐竹義篤の下に逃れ、その保護を受けた。その後の長山城の歴史は不明である。

 長山城は、かすみの里公園の南にある比高15m程の丘陵上に築かれている。その東側には、島崎氏が長山城を攻めた際に夜間渡渉したことからその名が付いたという夜越川が流れている。東西に主郭・二ノ郭を並立し、その間を大堀切で分断した一城別郭の構造となっている。二ノ郭の西側もクランクした堀切、また主郭から北に伸びる丘陵にも堀切が穿たれている。主郭・ニノ郭共に周囲に腰曲輪を廻らしており、竪土塁上の物見台から横矢を掛けるなど、厳重な防衛線を敷いている。またこの地域の他の城と比べると、虎口への動線構造は相当厳重で、際立って技巧性の高い構造となっている。二ノ郭東の大堀切沿いに、虎口郭を張り出させ、そこから複数方向に城道を分岐させている。一方、主郭南側の虎口に繋がる城道は土塁で防御されている。この他、大堀切から東側に側方に櫓台を張り出させた囮虎口まで構築されている。北の堀切沿いに大きな内枡形の虎口も設けられ、やはり周囲を物見の土塁で囲んでいる。長山城は、規模的には比較的小規模なものであるが、かなり技巧を凝らしていることが伺われる。
櫓台を備えた囮虎口→IMG_0987.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.974325/140.513678/&base=std&ls=std&disp=1&lcd=_ort&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世平山城
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通りすがりの城マニア

この城、笹薮がすごくなかったですか?
by 通りすがりの城マニア (2016-09-18 20:25) 

アテンザ23Z

>通りすがりの城マニアさん
いつもご訪問頂きありがとうございます。
訪城は3月下旬でしたが(半年も前の記録ですみません。。。)、二ノ郭の西側は薮が少々ひどかったですが、それ以外は辟易するほどではありませんでした。倒竹地獄の城と比べれば、全然平気なレベルでした。
by アテンザ23Z (2016-09-19 14:40) 

通りすがりの城マニア

返信、ありがとうございます。

自分が行ったのは、その1ヶ月くらい前なんですけど、西側は、一面びっしりの笹薮で、とてもじゃないけど、城跡に入るすることすら、ままならない感じでした。

城内に入ると、そうでもなかったですが、西側?のあたりで、一瞬、迷子になりかけました(笑)すさまじい籔漕ぎの末、何とか脱出できましたけど。
by 通りすがりの城マニア (2016-09-19 16:46) 

アテンザ23Z

>通りすがりの城マニアさん
そうでしたか、似たような時期に行ったんですね。スーパーガサ藪の城ばかり行っているせいか、最近抵抗力が付いてきたのかもしれません(笑)
背丈を超えた、向こうの全く見えないガサ藪は、遭難の危険性ありなので、注意しないといけませんよね。勇気ある撤退(ただ藪突入が嫌だっただけかも?)をしたことが過去に何度かありました。
by アテンザ23Z (2016-09-20 20:16) 

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