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林城[外城](茨城県鹿嶋市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_0685.JPG←大手虎口と大堀切
 林城は、大掾氏の庶流で鹿島氏の一族、林氏の居城である。鹿島三郎成幹の6男頼幹がこの地に分封されて、林六郎左衛門と称し、林氏の祖となった。戦国時代になると、林氏は勢力を拡大し、1486年に江戸氏が徳宿城を攻撃した時には、徳宿氏救援に総動員された鹿島地域の国人衆の中で、鹿行諸氏の筆頭鹿島氏に次いで林八郎・林新五郎の名があり、相応の勢力を有していたことが伺われる。戦国末期の1589年、時の城主林弾正時国は、札村の渡し場で荒原五郎左衛門と言う者に殺害されて滅亡、城は廃されたと言う。

 林城は、中城と外城の2つの城が、低地帯を挟んで向かい合う台地先端部に築かれている。外城は南から北に突き出した比高30m程の台地先端部に築かれているが、その遺構は極めて巧妙なものである。北端の左右に主郭・二ノ郭を並立させ、規模の大きな堀切を挟んで三ノ郭が南に続き、更に四ノ郭などの外郭が続いている。主郭・二ノ郭の北斜面は、内側に窪んだ形状をしており、そこに何段かの腰曲輪が築かれ、登り道が付いている。主郭と二ノ郭は共に外周に土塁を築いて防御し、更に要所の塁線を歪ませたり、張り出した隅櫓台を築いて防御を厳重なものとしている。主郭と二ノ郭の間は土塁と空堀が断片的に残存しているが、近世の耕地化で一部が湮滅したものだろう。主郭と二ノ郭の間の南側には大手虎口があり、隅櫓で側方を守られた木戸跡が確認できる。ここから降りた大堀切にはやはり東西に横矢掛かりの櫓台張り出しが設けられている。その南の三ノ郭も土塁で防御された曲輪で、内部には枡形状の仕切り土塁などが残っている。三ノ郭も背後の堀切に対して横矢張り出しの櫓台を2ヶ所設けている。この他、四ノ郭や外郭にも堀状の溝、土塁、武者走りが残り、四ノ郭の東斜面には堀切や竪土塁、櫓台等が見られるが、この辺りは未整備の薮で覆われている。これら以外にも東西の斜面に多くの腰曲輪が見られる。林外城は、鹿行地域の諸城の中でも屈指の技巧的縄張りを有する城で、主要部の整備も行き届いており、必見である。その縄張りからは、小田原北条氏の築城技術の影響が垣間見られるのも興味深い。
三ノ郭の横矢掛かり→IMG_0861.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.007052/140.609400/&base=std&ls=std&disp=1&lcd=_ort&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世崖端城
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通りすがりの城マニア

こんにちは。

いつも、参考にさせていただいています。

林城、ここは本当に素晴らしいですね!

二郭虎口を確認中に、上からでっかい蛇が、目の前に落ちてきて、絶叫して敗走した思い出があります(笑)

中城は、ご覧になりましたか?
by 通りすがりの城マニア (2016-09-08 07:17) 

アテンザ23Z

>通りすがりの城マニアさん
いつもご訪問頂きありがとうございます。
林外城ですが、数年前まではものすごい薮で覆われていたようですね。
今は地元の有志の方達の活動によってすっかり綺麗に整備されたので、
素晴らしい遺構が堪能できますね。

蛇に出くわすだけでもドキドキものなのに、
頭上から落ちてきたらタマゲます。私なら心臓止まるかもしれません。

中城は、今冬に行こうと計画しています。
レポートは来年になると思いますが、その時はまたご愛読ください。
by アテンザ23Z (2016-09-08 22:09) 

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