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城山城(千葉県千葉市) [古城めぐり(千葉)]

IMG_9590.JPG←西尾根の櫓台
 城山城は、歴史不詳の城である。元々この地は千葉庄池田郷に属し、平安時代後期には千葉介常重の家臣板尾五郎治が治めていたとされる。しかし一説には、江戸時代初期の寛永年間(1624~43年)の頃に板倉筑後守重直が築城したとも伝えられる。しかし元和の一国一城令が敷かれた後のことであり、史上疑問も多い。『日本城郭大系』では、東方300m程の位置にある板尾五郎治の居館(栄福寺館)の出城か、都川支流に点々と所在する城ノ腰城・立堀城・平山城と共に連携して機能した城との推論を紹介している。

 城山城は、支川都川の北岸の比高20m程の段丘先端に築かれている。南東の腰曲輪には現在、日枝神社が建っており、また城のすぐ北側には千葉東金道路が貫通し、城のすぐ脇まで車道が来ているので、訪城は容易である。しかし城自体は藪城なので、夏場の訪城は無理だろう。遺構はよく残っており、平坦で広い主郭とその北側に一段低い二ノ郭があり、周囲を腰曲輪で防御した構造である。二ノ郭北側には堀跡も残っている。主郭南東部に櫓台を備えた虎口が築かれている。主郭前面に当たる南側は堀底道を介して腰曲輪があり、腰曲輪の西から南にかけては横堀が穿たれている。この腰曲輪にも虎口があって、南に一段低い腰曲輪と繋がっている。一方、南東にも腰曲輪があって前述の通り日枝神社が建っている。神社裏手には土塁や主郭に通じる木戸口らしい地形が見られる。この他、主郭の東西にも腰曲輪があり、一部に土塁が築かれている。また西に伸びる尾根上にも遺構があり、櫓台や堀切、腰曲輪が連なっている。比較的小規模で、大した技巧性もない城であるが、遺構の残り具合は想像より良かった。
西尾根の堀切→IMG_9596.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.594297/140.167716/&base=std&ls=std&disp=1&lcd=_ort&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世崖端城
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