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菖蒲城(埼玉県久喜市) [古城めぐり(埼玉)]

DSC06398.JPG←城址碑の建つ公園
(2007年6月訪城)
 菖蒲城は、古河公方初代足利成氏が築かせた城である。1454年、鎌倉公方足利成氏が対立する関東管領上杉憲忠を誅殺して、関東全域を巻き込む「享徳の大乱」が勃発した。その経緯は古河城の項に記載する。古河に本拠を移した成氏は、1456年に奉公衆の金田式部則綱に命じて菖蒲城を築かせ、騎西城と合わせて対立する上杉勢の重要拠点河越城に対する最前線とした。則綱は後に佐々木氏を称し、菖蒲佐々木氏と称される(近江の名族六角佐々木氏の裔を称したというが、真偽は不明)。以後、菖蒲城は菖蒲佐々木氏の歴代の居城となった。後に小田原北条氏が勃興して勢力を伸ばし、古河公方家も北条氏の勢力に呑み込まれると、佐々木氏も北条氏に属することとなった。戦国後期の1574年、関宿城を巡って三度目の攻防戦が生起した。北条氏政と上杉謙信が戦い、上杉勢によって菖蒲城は騎西城と共に城下を焼討ちされた。1590年の小田原の役で落城し、そのまま廃城となった。

 菖蒲城は、現在「あやめ園」という公園に変貌している。一応、菖蒲城址とは銘打っているが、城址とは名ばかりで遺構は全く残っておらず、城址碑が建っているだけである。また公園内には、徳川家康の旗本、内藤氏の陣屋であった栢間陣屋のものと伝えられる移築門が建てられている。戦後まもなくの航空写真を見ても、周囲は一面開墾されていて城の面影すら見ることができず、早くに失われた城の様だ。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.061763/139.594452/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
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