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足利政氏館(埼玉県久喜市) [古城めぐり(埼玉)]

DSC06309.JPG←甘棠院境内に残る空堀
(2007年6月訪城)
 足利政氏館は、古河公方2代足利政氏の隠居後の居館である。1506年頃から、嫡子高基と対立し、一旦和解するものの1513年に山内上杉氏の跡継ぎを巡って再び対立し、抗争の末、頼っていた小山氏まで離反して高基方に付き、1518年には後ろ盾であった扇谷上杉朝良が死去すると、政氏は久喜に隠居した。一方、政氏の政治勢力の後継者であった次男義明は、真里谷武田氏の要請を受けて上総に下向し、その支援を受けて小弓城に入って小弓公方家を創出した。こうした旧勢力の古河公方家や山内・扇谷両上杉氏の内訌の隙を突いて新たに勃興したのが、今川氏親の元軍師で関東に討ち入った伊勢宗瑞(いわゆる北条早雲)であった。

 足利政氏館は現在、政氏がこの館に隠居後に開山した甘棠院となっている。寺の周囲には空堀が残り、また政氏の墓も建っている。空堀はかなり埋もれているのか、規模は小さく、豪族の居館ほどの構えは備えられていない。永正の乱の主役の一人でもあった政氏は、ここでどのような余生を過ごしたのだろうか。1520年には、古河城を訪れてかつて対立した高基とも和解しており、政治活動からは一切身を引いて、読経三昧の日々を過ごしたものだろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.073401/139.668535/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:居館
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