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柿岡城(茨城県石岡市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_7634.JPG←三ノ丸に残る土塁
(2015年7月訪城)
 柿岡城は、鎌倉時代から幕末まで存続した城である。その創築は、1192年頃、宇都宮氏の支族で常陸守護となった八田知家の10男小田時家によるとされる。時家の家系は、その後柿岡氏を名乗り、約300年にわたってこの地を支配した。戦国末期には、柿岡氏は衰退して常陸経略を進める佐竹氏に降り、その後は佐竹氏の家臣である梶原政景・真壁房幹・長倉義興・国分盛重が城主を歴任した。1602年に佐竹氏が秋田に転封となると、立花宗茂の弟直次が5000石で入封し、1623年には3代将軍家光の乳母春日局の子稲葉正勝が入封した。1632年に正勝が小田原城に転封となると、それ以後は徳川氏の直轄領となって代官の支配するところとなり、そのまま明治維新を迎えた。

 柿岡城は、小倉川北岸の段丘上に築かれている。早くに開発が進められたため、遺構はほとんど湮滅し、城内は柿岡小学校や高齢者センター・保育所などに変貌してしまっている。しかし段丘の形状はそのまま残っており、本丸であった小学校敷地の中には、往時の櫓台跡と思われる土壇に丸の内稲荷が祀られている。また本丸南の三ノ丸の西辺には土塁が残り、その南側には空堀も残っている。僅かな遺構と地勢は残っているが、城の雰囲気はかなり失われているのが残念である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=36.239549,140.19192&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
タグ:中世平山城
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