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愛宕山楯(山形県長井市) [古城めぐり(山形)]

IMG_3384.JPG←主郭と繋ぎの曲輪・ニノ郭
 愛宕山楯は、歴史不詳の城である。最上川東岸にそびえる標高361.2m、比高160mの愛宕山山頂に築かれている。非常に山容の大きな山で、最短ルートでのはっきりした登道が確認できなかったため、南東麓の中伊佐沢南地区から山中に伸びる長い山道をGoogleMapの航空写真で見つけて、それを使ってアプローチした。大きく迂回する様に敷設された山道のため、迷うことはなかったが山頂まで1時間も掛かってしまった。

 愛宕山楯は、愛宕山の広い範囲に遺構が散在しており、『山形県中世城館遺跡調査報告書』の縄張図に記載のない曲輪も多数存在する。前述の山道を延々と辿った後、南の尾根に取り付いて尾根上を辿って行くと、地形図の338m地点の小ピークは物見台であったらしく、頂部は小郭となり、北側に2段程の腰曲輪が付随し、その先に小堀切が穿たれている。このピークの中央部は窪みがあり、もしかしたら狼煙台の跡かも知れない。そこから尾根を昇り降りして暫く歩くと明確な掘切が現れ、その上には腰曲輪を伴った平場があり、南東の出曲輪となっている。そこから一旦尾根に沿って降り、鞍部から登ったところが主城部である。主郭は愛宕神社が建っていた場所と想定され、南東にも曲輪が広がり、その先端にも南東と南にそれぞれ2段程の腰曲輪を築いている。また主郭の東に虎口があり、腰曲輪を経由して東尾根と北東尾根の曲輪群に通じている。東尾根には、南辺から曲輪先端までを土塁で防御した、大きな馬蹄段があり、ここでは三ノ郭としておく。その先の尾根にも数段の曲輪群が築かれている。一方、三ノ郭の北側に虎口があり、北東尾根の曲輪群に繋がっている。北東尾根の北側は、途中まで広い緩斜面となっており、位置的に軍団の駐屯地であったように考えられる。北東尾根も、登ってきた南尾根同様、ピーク上に曲輪群が散在するが、より普請が徹底されており、派生する尾根にも掘切や腰曲輪が見られ、より重要視されていた様だ。その先の主城からかなり離れた平坦地に出曲輪が設けられ、郭内を小堀切で2つの区画に分割している。再び主郭に戻ると、三角点のある北西の曲輪が二ノ郭で、主郭と二ノ郭は間に一段低い繋ぎの曲輪を築いて繋がっている。ニノ郭には櫓台が残り、祠と三角点がある。ニノ郭の南西尾根と北西尾根にも曲輪群が連なっており、特に北西の方は、尾根の先に独立性の高い広い出城を構えている。この出城は東西に長く、腰曲輪で囲まれ、北東端に向かって何段も曲輪を連ねている。出城の西端は腰曲輪の先に掘切が穿たれ、その先の尾根と分断している。これ以外にも、主城のニノ郭の南西尾根の先にも出曲輪があるらしいが、時間と体力の都合でパスした。

 愛宕山楯は、掘切は少ない一方、多数の曲輪を広範囲に築いており、どちらかと言えば軍団の駐屯性を重視した軍事駐屯地的な城と言う印象を受けた。そう言う意味では塩田城に築城構想が似ている様に感じられたが、一方で縄張り的には古い印象で、伊達氏の山城の特徴も殆ど無く、伊達氏の置賜進出以前の城であった可能性もある。しかし伊達氏以外の勢力に、これほど広い城が築けたのかという疑問も生じるところで、今後の考究を待ちたい。
南尾根途中の掘切→IMG_3268.JPG
IMG_3318.JPG←土塁が築かれた三ノ郭
北東尾根の出曲輪と掘切→IMG_3359.JPG
IMG_3407.JPG←出城西端の掘切
 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=38.085122,140.054709&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
タグ:中世山城
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