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飯塚館(山形県高畠町) [古城めぐり(山形)]

IMG_2312.JPG←主郭周囲の堀跡
 飯塚館は、一説には伊達氏の一族伊達周防の館であったとも言われる。『出羽諸城の研究』では、伊達周防の居館として「糠野目館」を挙げており、「米沢の北方8kmにある。以前は長井氏の一族が住した。東は松川に望んだ平城で、西は約2kmをへだてて鬼面川がある。明応3年(1494年)、伊達尚宗、稙宗が松川をはさんで戦った古戦場である」としており、地形条件が一致していることから、『山形県中世城館遺跡調査報告書』では飯塚館を糠野目館のことと推測している。そうだとすると、松川合戦で松川西岸に陣した伊達尚宗がここに本陣を置いた可能性も考えられると言う。また、1553年の『晴宗公采地下賜録』には、小梁川尾張守ら地頭領主の所領として「飯塚在家」の名が見え、それとの関連も考えられている。

 飯塚館は、すぐ南東側を米沢南陽道路が貫通しているが、幸い館跡は無傷で、畑地となってそのまま残っている。主郭を中心に、周りに幾つかの曲輪を巡らした環郭式の縄張りらしいが、現在明確なのは主郭と南のニノ郭である。特に主郭外周にははっきり堀跡とわかる窪地が田畑に変貌して残っており、主郭内とは1.5m程の高低差がある。ニノ郭の周囲にも堀跡らしい田畑があるが、郭内との段差はわずかである。飯塚館は、洲島城に似た感じで堀跡が明瞭に残り、一見の価値がある。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=37.974786,140.137042&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
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