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赤芝楯(山形県米沢市) [古城めぐり(山形)]

IMG_1752.JPG←物見曲輪周囲の帯曲輪
 赤芝楯は、歴史不詳の城である。大樽川東岸の馬場山と呼ばれる山稜中腹に築かれている。比較的ざっくりした作りの城で、丘陵上に曲輪群を展開しただけの古風な造りである。『山形県中世城館遺跡調査報告書』で主郭とされる平場の西側には比較的大型の土塁が築かれているが、ちょうど駿河徳山城で見られたようなざっくりした造りの大土塁である。この西側山腹には帯曲輪が築かれている。主郭の背後は谷戸状の窪地になっているが、掘切というほどの防御性はなく、その背後の尾根にダラダラと続いてしまっている。そうした面で、背後からの防御はかなり貧弱である。一方、北に伸びる尾根の先には、掘切を介して北端に物見曲輪が築かれており、帯曲輪や腰曲輪が築かれて、城内ではかなりしっかりした普請がされている。訪城時は残雪が多かったせいもあるが、遺構面では少々見劣りする城である。伊達氏の本城であった舘山城に近く、その後背地を押さえる場所にあることから、舘山城外周の防御砦であったのかもしれないが、それにしては縄張りが古めかしく(舘山城は戦国後期の城と考えられている)、その一方で城域はある程度の広さを持ち、軍事駐屯地的な規模となっている。非常に位置付けに悩む城である。
 尚、『山形県中世城館遺跡調査報告書』の縄張図は、例によって不正確である。
主郭西側の土塁→IMG_1810.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=37.895023,140.058593&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。
タグ:中世山城
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