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鏑木城(千葉県旭市) [古城めぐり(千葉)]

IMG_7815.JPG←主郭の空堀跡
 鏑木城は、下総の名族千葉氏の庶流鏑木氏の居城である。鏑木氏は、千葉常胤の孫胤時の子九郎胤定が下総国鏑木郷に分封されて鏑木氏を称したことに始まる。原氏・円城寺氏・木内氏と共に「千葉四天王」と称される程、千葉宗家の中で勢力を持った一族であった。戦国時代に入っても斜陽の千葉宗家を支え続けて活躍した。1565年、里見氏の重臣正木大膳が東総に侵攻して森山城を攻め、米野井城をも攻略した時には、松子城主大須賀氏らと協力して正木勢を撃退した。1590年の小田原の役の際には、宗家の千葉重胤は小田原城に籠城したが、鏑木胤家は嫡子成胤と共に鏑木城を守った。北条氏の滅亡と共に鏑木城は廃城となり、鏑木氏は帰農した。

 鏑木城は、比高40m程の台地上に築かれた城である。城の南は現在は一面の水田となっているが、中世の頃には椿海と呼ばれる広大な内海があり、鏑木城は椿海に面し、城の背後の窪地に「内宿」の地名が残る家臣団居住地を置いていたらしい。城内はほとんど畑と化しているが、堀跡がわずかに窪地となって残り、3つの曲輪が並んでいたことがわかる。一番西が主郭で、主郭には隅櫓台があって周囲の腰曲輪を睥睨している。一部の腰曲輪にも櫓台が築かれている。また主郭南西角部から伸びた尾根に二重掘切と出曲輪・物見台が築かれている。城址標柱は立っているが、三ノ郭の東側は民家裏の畑であるので、不法侵入にならないよう注意が必要である。
主郭南西下の物見台→IMG_7833.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=35.755681,140.585014&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
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イラブ

こんにちは、楽しく拝見させていただいています。
ここは以前 竹の子泥棒の疑いをうけたイヤーな思いでがあります、某城郭本を頼りに訪れたのですが 「こんな所 紹介するなよ!(怒)」と逆ギレでした(笑)

3月末から休暇がとれました、山形の「楯」を訪れる予定です、記事を参考にさせて頂き楽しく悩んでいますが・・・雪が問題ですね~(ダメかな~ダメだろ~な~)
by イラブ (2015-03-12 13:07) 

アテンザ23Z

>イラブさん
鏑木城、やっぱりそんな感じでしたか。なんか、いやーな雰囲気が漂っていたんですよね。しっかり標柱も建っているのに、近隣住民のご理解が得られていないのは残念です。

3月末の山形は、ちょっと厳しいでしょうねぇ。平地ならともかく、山の中はまだ残雪が多いと思います。今年は天気がかなり変な感じなので、出撃のタイミングが難しいですね。
by アテンザ23Z (2015-03-12 19:31) 

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