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有明の松(茨城県石岡市) [その他の史跡巡り]

IMG_1159.JPG←有明の松、後ろは難台山
 有明の松は、南北朝時代の難台山合戦にまつわる史跡である。難台山合戦は、下野の名族であった小山義政が始めた、前後17年にもわたって引き続いた「小山氏の乱」の一合戦である。その経緯は館岸城の項に記載する。義政の子若犬丸は、小田氏を頼って難台山城に立て籠もり、上杉朝宗率いる幕府軍に攻められ、8ヶ月に及ぶ籠城戦の末に難台山城は落城した。この落城の際に、城主小山五郎藤綱は婦女子を城から逃した。5~6名の従者に守られた婦女子は、敵の包囲する東側を避けて、一旦山頂まで登った後、手足を血だらけにしながら闇の中を西へと降って行った。敵の追撃を避けるため、夜が明けるまでに里に下り、ようやく平地に辿り着いたところで夜明けを迎えた。ここまで来てようやく安心し、道沿いにある大松の下で一休みした時、夜明けの空が爽やかであったので、自分等の行先も、この松にあやかり、長くたくましかれとの念願から有明の松と名付けてここを立ち去ったと伝えられている。
 現在、往時の松は松クイ虫の害で伐採されて残っておらず、新たに植えられた松と石碑が建っているだけである。ここからは東方背後に難台山城が遠望でき、悲哀の歴史を感じさせる。

 場所:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=36.289816&lon=140.200689&z=16&did=std&crs=1
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