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加賀爪甲斐守屋敷(静岡県磐田市) [古城めぐり(静岡)]

IMG_9000.JPG←屋敷跡とされる場所
 加賀爪甲斐守屋敷は、江戸時代前期の旗本加賀爪氏の屋敷跡である。加賀爪氏は元々上杉氏の一族で、加賀爪甚十郎忠郷の時に駿河守護今川氏の被官となって加賀爪氏を称した。今川氏滅亡後、加賀爪政尚は徳川家康に仕え、長久手の戦いや小田原の役で功を挙げ、武蔵国比企と相模国高座に3,000石を領した。政尚の子忠澄は、関ヶ原合戦や大坂の役の戦功により、5,500石に加増され、江戸町奉行に登用され、最終的には9,500石に累進した。忠澄の子、加賀爪甲斐守直澄は、1万1,500石を領して大名格となり、掛塚藩を立藩した。一時期は、武蔵の高坂館に陣屋を構えたと言われ、館跡の高済寺境内に加賀爪氏累代の墓が残っている。その後直澄は、書院番隊長や1661年には寺社奉行となり、幕府の重職を歴任して、1668年には更に3,000石が加増された。また直澄は、旗本中の乱暴者として通り、一方で茶道にも通じていたとされる。1679年、嫡子直清に家督を譲ったが、1681年に成瀬正章と領地問題で争いを起こし、処置不十分を理由に改易された。

 加賀爪甲斐守屋敷とされる場所は、敷地川西側の段丘の麓にある。この付近一帯は民家や畑に変貌しており、遺構は完全に湮滅している。わずかに向笠史談会が建てた標柱と解説板だけが、往時のことを物語っている。尚、ここから南に1.3kmの位置にある寺田家の門は、加賀爪甲斐守屋敷の門であったと伝えられている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.774554&lon=137.872555&z=16&did=std&crs=1
タグ:居館
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