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糸数城(沖縄県南城市) [古城めぐり(沖縄)]

DSC06852.JPG←豪壮な石垣の城壁
 糸数城は、糸数按司の居城と言われている。築城年代は不明であるが、伝説では玉城按司が、次男を大城按司に封じ、3男を糸数按司に封じたと言われている。三山分立時代の初期、14世紀前半の築城と推測されている。
 糸数城は、比高30m程の台地先端部に築かれたグスクである。豪壮な長城形式の石垣のグスクで、特に東側を防衛する城壁は、張り出した方形の櫓台を複数備えた圧巻の高石垣となっている。中国・東アジアの城郭で言う「馬面」である。ここから北に伸びる石垣は、小丘の上まで伸びて折れ曲がっているが、この最上部の物見台は曲輪の体を成しておらず、ただの遠見番所の様な位置付けだったのか、意図がよくわからない。単郭のグスクで、主郭内は広い平場になっているが、内部を区画するように石垣の残欠が多数散在している。非常に素晴らしい石垣が見られるグスクだが、これまで見てきたグスクの例からすると、ここもかなり復元が含まれていると思われる。沖縄県は、どこまでが往時のままの遺構で、どこからが復元(想像復元?)なのか、もっときちんと史跡の解説板に記載すべきだと思う。
長城形式の石垣→DSC06790.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.151740/127.762638/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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イラブ

全く同感です!復元箇所の標示は必ずしなければいけないと思います。
フェイクになりますよ、曲輪内の石は放置された、以前の石積に使われていた物だと思います。
具志川グスクで現場責任者らしき人物に古い石はどうするのか尋ねると「どっかに棄てんじゃね~んかな?」でした、何故かナイチャーでした。
by イラブ (2014-01-27 12:53) 

アテンザ23Z

>イラブさん
普通は、「この石垣は復元です」とか、ちゃんと表示するんですが。沖縄でも首里城だけは、目立たないように表示がありましたね。
by アテンザ23Z (2014-01-27 22:34) 

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