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勝連城(沖縄県うるま市) [古城めぐり(沖縄)]

DSC06471.JPG←そびえ立つ石垣群
 勝連城は、有力按司の阿麻和利の居城である。伝承では、初代城主は英祖王系・大成王の5男であったとされる。その後、勝連按司は4代続き、6代目に世継ぎがなかったことから、伊波城主伊波按司の6男が養子に入り、勝連按司を継いだ。9代目は茂知附按司となったが、暴政によって民心を失い、信望の厚かった阿麻和利によって倒された。阿麻和利は10代目の勝連按司となると、善政を敷いて民力を養い、勝連は益々栄えた為、琉球国王6代尚泰久は娘の百登足揚(ももとふみあがり)を降嫁させた。その後1458年、阿麻和利は中城城主の護佐丸を讒言によって討ち滅ぼし、王国奪取を目指して首里城を攻めた。しかし、妻の足揚とその御供であった大城賢勇によって、その叛意は事前に首里城に伝えられていた為、阿麻和利の軍勢は備えを固めていた王国軍に大敗した。阿麻和利は勝連城に立て籠もったが、大城賢勇率いる討伐軍が勝連城を攻め落とし、阿麻和利は滅亡した。勝連城は、この時廃城となったと言う。

 勝連城は、標高90mの丘陵上に築かれた、総石垣のグスクである。梯郭式の縄張りを持った平山城で、垂直断崖の上に豪壮な石垣が積まれた屈指の要害である。最上部に主郭を置き、その南東に広がる斜面上に、ニノ郭・三ノ郭・四ノ郭を連ね、更にその東の高台に東郭を構えている。主郭外周の石垣は、ところどころ外側に対して凸状に張り出しており、わずかではあるが横矢掛かりを意識したものの様である。ニノ郭には舎殿跡の礎石が残っている。四ノ郭の石垣は、緩斜面の曲輪を包むように長城形式で築かれており、一部が復元整備中である。東郭は未整備の為、今回は未踏査である。夕闇迫る勝連城から眺める風景は、何とも言えぬ美しさだった。
外郭線の石垣→DSC06479.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.330768/127.878596/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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コメント 4

イラブ

城好きには高評価な様なのですが・・・40年程前に訪れた際は石垣もほとんど残らない状態でしたが、一夜城の様にいつの間にかスゴいのが出来ていました。
他のグスクもですが復元?(修復ではない)箇所以外が世界遺産に指定されているのだと思いますが・・・
イタリア、トルコに駐留した事があり 彼方の遺跡も見たのですが・・・
彼方のとは違うのですよね~
何なのでしょう?
世界遺産バブルかトリックか??
こんな事思うのは自分だけなのか・・・
やがて そのうち化けの皮がはがれて登録抹消になるのではないでしょうか。
by イラブ (2014-01-21 12:40) 

アテンザ23Z

>イラブさん
イタリアやトルコとは、歴史的にまたいい所に行かれたことがあるんですね!
それにしても、世界遺産のグスクは、ほとんどが復元ですか。きちんと発掘調査結果には基づいているんでしょうが、さすがに軒並み復元では、何が「遺産」なのか、ちょっと首を傾げたくなりますね。「世界遺産バブル」とは、言い得て妙です(笑)
by アテンザ23Z (2014-01-21 22:45) 

ノリパ

綺麗な曲線ですよね。さすが世界遺産の一つですね。ああ、沖縄行きたいっス。
by ノリパ (2014-01-26 20:53) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
去年は、九州の城すっ飛ばして、沖縄に行ってしまいました。沖縄は、本土と歴史が違うし、城の築城思想も異なるので、ちょっと面食らいます。
by アテンザ23Z (2014-01-27 18:23) 

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