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井出館(静岡県富士宮市) [古城めぐり(静岡)]

DSC01375.JPG←現在に残る屋敷門
 井出館は、井出の代官屋敷とも呼ばれ、この地の小土豪井出氏の居館である。井出氏は、鎌倉時代以来この地に居住した小土豪で、富士山本宮浅間神社の富士大宮司家に仕えたとされる(富士氏の被官であったことについては、静岡古城研究会著『静岡県の城跡』では否定的見解を示している)。『吾妻鏡』によれば、1193年5月に源頼朝が富士の巻狩をした際、宿泊所となったのが井出館とされており、既にこの頃には将軍に宿所を提供する程の格式を持った名家であったことがわかる。またこの事績から、この地には「狩宿」という地名が付いている。井出氏は戦国時代には今川氏に仕え、今川氏輝・義元・氏真から、安堵状などが度々下されている。1569年、駿河に侵攻した武田信玄は富士氏の大宮城を攻めたが、この時井出氏一族は富士氏の被官として戦功を立て、今川氏真を支援した北条氏政から感状が下されている。その後間もなく今川氏が滅亡し、富士地方が武田氏の支配下に入ると、井出氏の一族は武田氏に従った者と小田原北条氏を頼った者に分かれた。武田氏に従った井出氏は、武田氏滅亡後は徳川家康に仕えて駿河国代官職に任じられ、1606年には井出志摩守が三島代官に任じられ、天領を支配し、その後も幕臣として続いた。

 井出館は、前面に潤井川が流れ、背後に芝川渓谷と丘陵地を控えた平地に築かれている。現在でも井出家の屋敷が構えられており、表には立派な屋敷門(長屋と高麗門)が建てられている。屋敷の前には国の特別天然記念物にもなっている「下馬桜」があるが、「駒止めの桜」とも呼ばれ、頼朝縁の桜である。訪問したのは3月下旬で、静岡では既に桜が開花していたので期待していったが、残念ながら硬い蕾のままだった。それもそのはず、ここは標高435mもあり、咲くのは4月中旬になるらしい。井出館は、遺構はないものの、歴史的遺物が多く興味深い。又付近には、曾我兄弟の仇討ちにまつわる遺蹟も多く残っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆ (あくまで城館遺構としての評価)
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.301554/138.587948/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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