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若槻里城(長野県長野市) [古城めぐり(長野)]

DSC04135.JPG←北側の堀跡の現況
 若槻里城は、詰城(若槻山城)と一体となった平城で、八幡太郎源義家の孫若槻頼隆が鎌倉時代初期にこの地に入部し、若槻氏を称して山城・平城を築いたと言われている。室町時代になると若槻氏は高梨氏に属し、1404年に信濃守護代細川慈忠の入国に高梨氏と共に抵抗し、若槻城は攻められて落城した。戦国時代に入り、善光寺平が武田信玄・上杉謙信の争奪の場となると、若槻里城は1564年に川中島の戦いが終結するまで、甲越両軍による争奪戦が繰り返された。
 若槻里城は、現在里城池と呼ばれる北側の堀跡が残る他は、宅地造成で破壊され、遺構は全て湮滅している。わずかに残った堀跡も、調整池か何かになってコンクリートの護岸で改変されていたが、訪城時は公園造成中で護岸が解体されていた。貴重な遺構なので、往時の景観を復元した城址公園として整備されてくれればと願うばかりである。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.683512/138.214982/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0f0
タグ:中世平城
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