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小田原城御用米曲輪 発掘調査説明会 [城郭よもやま話]

DSC07295.JPG←発掘された中世の石組み水路
2月16日に、かねてより進められている小田原城御用米曲輪の第4次調査の説明会があった。
肌寒く、時折小雨のぱらつく中で行われた説明会だが、さすが小田原北条氏の本城であり、有名な城の発掘調査だけあって、先日の滝の城現説とは比べものにならないくらい多くの人が来場していた。

今回発掘されたのは、中世の遺構で庭園と礎石建物跡。近世の遺構では蔵跡3棟である。
解説員の方の話では、発掘調査の結果、御用米曲輪は中世と近世でかなり構造が作り替えられていることが判明してきたそうだ。

中世の遺構として発見された庭園跡では、石組みの水路などが多数発見された。
石組みの一部は、黒い風祭石と黄色い鎌倉石の切石による石組み遺構で、特に鎌倉石を使った中世遺構は他に例がないそうだ。小田原北条氏2代氏綱は、伊勢氏を北条氏に改称し、鶴ヶ岡八幡宮を再興するなど、鎌倉執権北条氏の後を襲って関東に君臨する大義名分を整えていく中で、鎌倉石をも城に取り込んだものではないかと推測しているらしい。
また石の一部は、五輪塔の火輪のみを選択的に水路石に利用しているが理由は現時点では不明とのこと。
一部で中世の堀が見つかったが、江戸時代の土塁の下に潜っている。そのことから、土塁は江戸時代に入ってから新しく積まれたことが判明した。
石組み水路は離れた2箇所で検出されたが、繋がっていれば70mに及び、これまで発見された遺構としては最長となる。水路には、中央に溝を切った方形の石版も見つかったが、各所の研究者に照会してもあまり例がなく用途は不明と言う。
去年の発掘で戦国時代の畝堀から石垣が見つかったとしたが、今回の追加調査で畝堀を庭園水路に転用し、その時石垣を積んだらしいことが判明した。庭園近くにはそれを眺める建物遺構のある可能性があり、今後発掘を計画中と言う。

江戸時代の蔵遺構は全部で6棟。
その中で、最新の6号棟が最も残りが悪く、北側半分は湮滅していた様だ。
5号棟は、中央に仕切り石敷きがあり、間仕切り壁が入っていた構造と考えられる。5号棟は敷石がやや大きいが、4号棟はやや小さく、割石なども使用し雑な感じの造りと言う。土塁上に建てられていた3棟とも基礎施工方式が異なっているそうで、原因は不明とのこと。
この他、御用米曲輪は周囲を土塁で囲まれていたので、雨水を排出する経路があったはずだが、曲輪内の排水流路も現在では不明。今後の解明が待たれると言う。

以上の様な感じで、盛りだくさんの内容で素晴らしい説明会だった。今後、中世の書院跡でも見つかるかもと思うと、更なる期待に胸が踊る。
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ジュンクワ

寒い中、おいでいただきありがとうございました。
調査担当の佐々木さんの説明をお聞きになったのでしょうか。
私も説明はしたものの、調査担当ではない故、調査成果の十分な解説はできなかったものですから、良かったです。
by ジュンクワ (2013-02-22 22:15) 

アテンザ23Z

>ジュンクワさん
解説員3名の内の1名だったのですね。
存じ上げず失礼しました。
私は2番の班でしたので、解説は大島さんでしょうか。

ジュンクワさんが3番目の班だったとすると、
一番最後の解説だけ、横の方でお聞きしていました。
(2班の解説終わってから、遺構の写真撮ってました。)
「急遽助っ人で解説を・・・」という趣旨のことを
言われていたと思います。

今後のさらなる発掘成果に期待しますので、
引き続き頑張ってください。
by アテンザ23Z (2013-02-23 15:48) 

ジュンクワ

私は3番目のグループを担当しました。来年度は江戸期の蔵跡の手前まで戦国期の調査を行うことになろうかと思います。主殿が検出されることを楽しみにしています。
引き続き、注目してください。
by ジュンクワ (2013-02-25 22:03) 

アテンザ23Z

>ジュンクワさん
北条氏時代の主殿が発見されたら、
北条ファンとしては狂喜乱舞です。
その日が来ることを楽しみにしております。
by アテンザ23Z (2013-02-26 00:55) 

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