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油川城(青森県青森市) [古城めぐり(青森)]

DSC09066.JPG←東部二重堀切
 油川城は、奥瀬氏の居城と言われている。築城年代は定かではなく、伝承によれば南部奥瀬判九郎が油川に入部して外ヶ浜の代官となったと言う。その子善九郎は臆病者であったと言われ、1585年に津軽統一を目指す大浦城主大浦(津軽)為信が外ヶ浜を攻略した際、奥瀬善九郎は防戦を考えることもなく、わずかに一族と財産を船に乗せて下北郡田名部に向かって逃げ、後にその遁走を聞いた里の者は皆これを笑ったと言う。
 油川城は、平地に西から突き出した半島状の台地の上に築かれていた。その比高はわずかに5m程に過ぎず、要害性に乏しい地形で政庁機能を主体として築いた城と考えられている。郭内は広大な平坦地で一面の耕地に変貌しており、どのような内部構造であったのかは不明である。曲輪の東側下方に堀と土塁があり、更にその南方の東張出し部の基部には二重堀切を備えている。この二重堀切は中央に土塁(阻塞)があるが、堀底全部にあるのではなく、一部にあるだけである。また、台地の西側基部にも曲輪外縁部に土塁が築かれ、櫓台も築かれている。この土塁の外にも二重堀切があり、東部二重堀切と同様、中央の土塁(阻塞)は一部のみに残っている。北西端部には櫓台が築かれ、周囲の平地に睨みを効かせている。油川城はネット上ではほとんど情報がなく、耕地化していることもあってあまり期待していなかったが、しっかりと堀などの遺構が残っており、青森城巡りの最後を飾るに申し分ない城だった。
西側基部の二重堀切→DSC09085.JPG
DSC09088.JPG←西側の櫓台

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.40.33.0N40.51.28.1&ZM=9
タグ:中世平山城
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