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田舎館城(青森県田舎館村) [古城めぐり(青森)]

DSC09012.JPG←唯一の明確な土塁跡
 田舎館城は、一戸南部氏の庶流田舎館千徳氏の居城である。築城時期は不明であるが、元々は、当地の豪族曾我氏の城館があったらしく、南北朝時代の1336年、南朝方で田舎館領主となっていた工藤氏中務右衛門または安保弥五郎入道と、北朝方の曾我太郎貞光との間で、田舎楯合戦が生起している。その後、文明年間(1469~86年)に、南部一門の浅瀬石城主千徳政久の子千徳貞武(政実)が田舎館城主となって、田舎館千徳氏を称した。1585年、5代政武の時、津軽統一を目指す大浦城主大浦(津軽)為信の軍勢1700騎に攻められて、籠城した312人の内、城主政武以下303人が討死すると言う、ほぼ玉砕の状態で落城し、田舎館千徳氏は滅亡した。
 田舎館城は、現在の村役場東側に広がる集落一帯に築かれていた平城で、かつては城の北側と南側に隠し水門があり、水門を閉じると城周囲は一面の沼地に変貌し、要害となったと言う。しかし現在は宅地化で遺構のほとんどが湮滅している。本郭・外郭・新館の3郭から成っていたと言うが、明確な遺構はヤマコと呼ばれる土塁のみで、その他は本郭周囲の段差や堀跡が何となく分かると言う程度である。役場には展望台があり、ここから城跡一帯が一望できるが、城を思わせる景観は既に失われている。南側にあった新館も微高地となっているが、やはり耕地化されて改変が進み、往時の姿は失われている。国土変遷アーカイブの昭和20年代前半の航空写真では、まだ曲輪の外形が何となく分かる程度まで地形が残っていたので、これらを失ったことは今から思えば残念である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/40.631013/140.552505/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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